2022年5月3日火曜日

 今日の散歩で藤が咲いている場所を見つけた。今日の写真。

 京都だと松の木が多いから、あの辺の山だと和歌に詠まれた松に懸る藤とかあるんだろうな。
 藤は藤波とも呼ばれ、水辺に詠まれる。震災の年に鹿島詣でをした時にも藤が咲いてたのを思い出した。これは二〇一一年五月五日撮影。

 あちこちで薔薇が咲くのを見ると、今アニメでやっている『薔薇王の葬列』の「白い薔薇のヨーク、赤い薔薇のランカスター」というのを思い出すが、紅白に分かれるのは日本の源平合戦みたいだと思う。リチャードがリチャード・プランタジネットと名乗る所は、日本のように姓と苗字の区別があるのかなと思ったが、まあ、西洋のことはよくわからない。
 前近代の戦いというのは、基本的にダイナミックなお家騒動のようなところがあるのだろう。ばら戦争も源平合戦も、基本的にみんな親戚同士で争っているようなもんだし。
 有限な領土に君臨できる領主の定員もおのずと決まっているから、後はうちわで潰し合って、それを庶民は物語として楽しむ。今のような思想だとかイデオロギーだとかの問題ではなかった。

 さて、それでは夏の俳諧ということで、また『虚栗』から其角・千之両吟歌仙を読んでみようと思う。
 例によって『普及版俳書大系3 蕉門俳諧前集上巻』(一九二八、春秋社)から、ノーヒントで。
 発句は、

   四月十八日即興
 偽レル卯花に樽を画きけり    千之
 
 千之(ちゆき)は佐藤勝明さんの『芭蕉と京都俳壇: 蕉風胎動の延宝・天和期を考える』によると重頼門で、千春(ちはる)と同じ望月氏だという。延宝期から千春とともに多くの入集をして活躍していた。
 卯の花は、

   ものいひかはし侍りける人のつれなく侍りけれは、
   その家のかきねの卯花ををりていひいれて侍りける
 うらめしき君がかきねの卯花は
     うしと見つつも猶たのむかな
              よみ人しらず(後撰集)
   返し
 うき物と思ひしりなは卯花の
     さけるかきねもたづねざらまし
              よみ人しらず(後撰集)
   卯花のかきねある家にて
 時わかすふれる雪かと見るまでに
     かきねもたわにさける卯花
              よみ人しらず(後撰集)

とあるように、かつては垣根に用いる棘のある白い花だった。

 なつかしく手には折らねど山がつの
     垣根のうばら花咲にけり
              曽禰好忠(好忠集)

のようにイバラの別名であるウバラの垣根が詠まれている所から、ウバラの花のことと思われる。
 江戸時代の卯の花は木に咲くので、桜が終わった後の初夏の山に咲く白い花で、「偽レル」というのは、卯の花の描かれた絵を桜だと偽ってという意味で、それで花見をしようと酒樽を書き足したということだろう。
 即興は文字通りの興に即すで、卯の花の絵を見ての興でははなかったか。
 脇。

   偽レル卯花に樽を画きけり
 鰹をのぞむ楼の上の月      其角

 「のぞむ」は「楼の上の月を望む」とカツオを所望するという両方に掛けている。
 卯の花の咲く初夏は初鰹の季節でもある。初鰹を肴に卯の花で似せの花見をする。
 卯の花の月は、

 卯花のさけるかきねの月きよみ
     いねすきけとやなくほとときす
              よみ人しらず(後撰集)
 月影を色にて咲ける卯の花は
     明けは有明の心地こそせめ
              よみ人しらず(後拾遺集)

などの歌がある。
 第三。

   鰹をのぞむ楼の上の月
 この比の裸をにくむ秋の風    其角

 鰹を秋の戻り鰹として、秋風が吹けばそろそろ裸の夕涼みの季節も終わる。
 久隅守景筆の国宝『納涼図屏風』には襦袢の男と腰巻だけの女が描かれている。
 四句目。

   この比の裸をにくむ秋の風
 ささ立波に鹿梁もる露      千之

 鹿梁(ししろ)はよくわからない。次の句に蔵庇とあるから、庇の梁のことか。
 前句の湊で働く人の裸とする。
 秋風に露は、

 あだし野の露ふきみだる秋風に
     なびきもあへぬ女郎花かな
              藤原公実(金葉集)
 あはれいかに草葉の露のこほるらむ
     秋風たちぬ宮城野の原
              西行法師(新古今集)

など、多くの歌に詠まれている。
 五句目。

   ささ立波に鹿梁もる露
 蔵庇菊を南に見え晴て      千之

 蔵庇は蔵の入口の所の庇。庇の南に菊が見える。
 陶淵明『帰去来辞』の、

 引壺觴以自酌 眄庭柯以怡顏
 倚南窗以寄傲 審容膝之易安

の心か。前句の「ささ立波」を酒のこととする。
 六句目。

   蔵庇菊を南に見え晴て
 葉越はあらぬ蘇鉄一かぶ     其角

 葉越はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「葉越」の解説」に、

 「〘名〙 葉と葉の間を通してなされること。葉の隙間から透いて見えること。
  ※久安百首(1153)夏「あぢさゐのよひらのやへにみえつるは葉ごしの月の影にぞ有ける〈崇徳院〉」

とある。庭の蘇鉄の葉は月の光が漏れてこない。
 初裏、七句目。

   葉越はあらぬ蘇鉄一かぶ
 侘々て笠に詩ヲ着ル朝時雨    千之

 侘びた漢詩人の旅に転じる。蘇鉄の下は雨が漏らないので朝時雨の雨宿りにちょうどいい。
 笠に詩を書き付けたりするのはよくあることなのか。同じ『虚栗』の冬の発句に、

   手づから雨のわび笠をはりて
 世にふるもさらに宗祇のやどり哉 芭蕉

の句があるが、後の貞享三年に「笠の記」という俳文に仕立て、そこには「ふたたび宗祇の時雨ならでも、かりのやどりに袂うるほして、みづから笠のうらに書つけ侍る。」とある。
 あるいは千之の句の趣向を拝借したか。
 八句目。

   侘々て笠に詩ヲ着ル朝時雨
 呉の旅衣酒をかたしく      其角

 笠に呉の旅衣は玉屑の「閩僧可士送僧詩」の「笠重呉天雪 鞋香楚地花」によるものか。
 ここでは雪ではなく朝の時雨に酒を飲む。
 時雨の旅は、

 露にだにあてしと思ひし人しもぞ
     時雨ふるころたびにゆきける
              壬生忠見(拾遺集)

の歌がある。
 また、

 志賀の浦やしばし時雨の雲ながら
     雪になりゆく山おろし風
              慈円(続拾遺集)

のように、朝の時雨が雪に変わって呉天の雪になる、という趣向かもしれない。
 九句目。

   呉の旅衣酒をかたしく
 水糒西施が影をこぼすらん    千之

 糒は「ほしひ」とルビがある。干し飯のこと。炊いたご飯を干して乾燥させたもので、水で戻して食べる。携帯食にもなるし、夏の食欲不振の時にも良い。
 西施はウィキペディアに、

 「越王勾践が、呉王夫差に、復讐のための策謀として献上した美女たちの中に、西施や鄭旦などがいた。貧しい薪売りの娘として産まれた施夷光は谷川で洗濯をしている姿を見出されたといわれている。策略は見事にはまり、夫差は彼女らに夢中になり、呉国は弱体化し、ついに越に滅ぼされることになる。」

とあり、呉への旅に干し飯を水で戻して食うと、呉に献上された西施のことが思い出される。
 十句目。

   水糒西施が影をこぼすらん
 蘭にふれたる紫の汗       其角

 西施なら汗だって普通ではないだろうということで、蘭に触れて紫の汗をこぼすのではないか、「らん」と一応推量にしておく。
 十一句目。

   蘭にふれたる紫の汗
 寝語の小杉音なく宵過て     千之

 寝語は「ねがたり」か。「語る」は古代に性交を仄めかす言葉としても用いられる。
 小杉は小杉原という鼻紙の意味もあり、ここでは小杉原で汗を拭うと紫に染まるということか。
 十二句目。

   寝語の小杉音なく宵過て
 さみだれ座敷蛙這来ル      其角

 五月雨の座敷は静かで、庭の木の小杉の音もなく、蛙だけがやって来る。
 五月雨の蛙は、

 蛙なく沼の岩垣波こえて
     水草うかるる五月雨の頃
              洞院実泰(風雅集)

の歌がある。

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