大阪はピークアウトかと思ったが高止まりで減る気配はない。医療はひっ迫してかなり危機感はあるのだろうけど、これまでうまくいっていた「万全な対策」では防ぎきれてないんだと思う。
東京も減る気配はない。これまでの「万全な対策」ではもはや防げないと思った方がいい。変異株はこれまでの常識をはるかに超えている。過去クラスターを出してないということも、もはや免罪符にはならない。「万全な対策」は一度忘れた方がいい。
帰納法は絶対ではない。昨日まで起こらなかったことが明日も起こらないという保証は何もない。そもそもこの新型コロナ自体がそれまでのコロナの常識をことごとく覆すものだったことを忘れてはいけない。過去の経験に囚われるな。特に過去の成功体験は有害だ。早く忘れろ。
今日は戦後の日本国憲法公布の日ということで、憲法について考えるということだが、やはり緊急事態に対応できるような明確な規定はあった方がいいと思う。自衛隊も憲法できちんと定めた方がいい。あと、憲法第二十四条の「婚姻は両性の」は「両人」でいいと思う。
現行憲法でのロックダウンの困難は12月26日の日記を参照のこと。
戦後の憲法は明治憲法によって定めた手続きに従って改正されたもので、現行憲法にも憲法改正の手続きが定められている以上、憲法は時代に合わせて絶えず修正されなくてはならない。こんなのどこの国でも当たり前のことなんだが、不思議の国ニッポン。
まあ、とにかく、過去に固執する民族に未来はない。忘却力が大事だ。
それでは「亀の甲」の巻の続き、挙句まで。
二十五句目。
轉馬を呼る我まわり口
いきりたる鑓一筋に挟箱 及肩
「挟箱(はさみばこ)は箱の上に金具がついていて、そこに棒を通して肩に担いで運ぶ従者の持つ箱。大名行列などに用いられる。鑓も大名行列の御持槍(おもたせやり)であろう。『猿蓑』に、
鑓持の猶振たつるしぐれ哉 正秀
の句もある。
伝馬を呼んでたのは大名行列に用いる馬の調達だった。
二十六句目。
いきりたる鑓一筋に挟箱
水汲かゆる鯉棚の秋 野徑
大名行列が来ると鯉の特需があったのか。鯉の生簀の水を換えて鯉がよく見えるようにする。
二十七句目。
水汲かゆる鯉棚の秋
さはさはと切籠の紙手に風吹て 二嘨
「切籠(きりこ)」は切子灯籠のこと。コトバンクの「日本大百科全書(ニッポニカ)の解説」に、
「盆灯籠の一種で、灯袋(ひぶくろ)が立方体の各角を切り落とした形の吊(つ)り灯籠。灯袋の枠に白紙を張り、底の四辺から透(すかし)模様や六字名号(ろくじみょうごう)(南無阿弥陀仏)などを入れた幅広の幡(はた)を下げたもの。灯袋の四方の角にボタンやレンゲの造花をつけ、細長い白紙を数枚ずつ下げることもある。点灯には、中に油皿を置いて種油を注ぎ、灯心を立てた。お盆に灯籠を点ずることは『明月記(めいげつき)』(鎌倉時代初期)などにあり、『円光(えんこう)大師絵伝』には切子灯籠と同形のものがみえている。江戸時代には『和漢三才図会』(1713)に切子灯籠があり、庶民の間でも一般化していたことがわかるが、その後しだいに盆提灯に変わっていった。ただし現在でも、各地の寺院や天竜川流域などの盆踊り、念仏踊りには切子灯籠が用いられ、香川県にはこれをつくる人がいる。[小川直之]」
とある。「紙手(しで)」は紙垂でウィキペディアに、
「紙垂(しで)とは、注連縄や玉串、祓串、御幣などにつけて垂らす、特殊な断ち方をして折った紙である。」
とある。お盆の燈籠に下げた紙垂の秋風にさわさわ揺れる頃、鯉屋は生簀の水を換える。
二十八句目。
さはさはと切籠の紙手に風吹て
奉加の序にもほのか成月 乙州
奉加はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典の解説」に、
「① (神仏への寄進の金品に、自分のものを加え奉るの意) 勧進(かんじん)によって神仏に金品を寄進すること。また、その金品。知識。
※今昔(1120頃か)一二「此、皆、寺僧の営み、檀越(だんをつ)の奉加也」
② 転じて、一般に、金品を与えること、またはもらうこと。また、その金品。寄付。
※浄瑠璃・心中天の網島(1720)下「福島の西悦坊が仏壇買ふたほうが、銀一枚回向しやれ」
とある。
奉加の品物に添えた端書きを書くにも、風で紙はじっとしてないし、月には薄雲が掛かりあまり明るくない。
二十九句目。
奉加の序にもほのか成月
喰物に味のつくこそ嬉しけれ 珍碩
「味のつく」は『芭蕉七部集』の中村注に、「病後などにものが美味しく食えるようになること」とある。
前句を病気が治ったことへの感謝の奉加としたか。
三十句目。
喰物に味のつくこそ嬉しけれ
煤掃うちは次に居替る 里東
家が煤掃きの最中だが、まだ手伝えるほどの元気もないので隣の部屋に避難する。その部屋を掃除するときは元の部屋に戻るのだろう。
二裏。
三十一句目。
煤掃うちは次に居替る
目をぬらす禿のうそにとりあげて 探志
禿(かむろ)は遊女の見習いで、うるんだ目で嘘を言っては煤掃きを手伝わずに奥の部屋でぬくぬくしている。
三十二句目。
目をぬらす禿のうそにとりあげて
こひにはかたき最上侍 昌房
最上侍といえば最上義光であろう。最上義光は鮭が大好物で鮭様と呼ばれたという。鯉は苦手だったのかもしれない。俳諧であえて平仮名で書いてあるときには両義性を持たせている場合が多い。
前句の禿に騙されてというところに「恋にはかたき」と付けたところで「最上侍」という落ちを思いついたのだろう。
鮭好きというと『鬼滅の刃』の冨岡義勇が思い浮かぶが。
三十三句目。
こひにはかたき最上侍
手みじかに手拭ねぢて腰にさげ 正秀
「ねぢて」は別にねじり鉢巻きのようにするのではなく、ねじれたままきちんと広げずにという意味だろう。いかにもずぼらな感じでもてないだろうな。
三十四句目。
手みじかに手拭ねぢて腰にさげ
縄を集る寺の上茨 及肩
「上茨」は「うはぶき」と読む。コトバンクの「精選版 日本国語大辞典の解説」に、
「① 屋根の上に花弁や雪などが覆い葺くように積もること。
※大弐集(1113‐21)「見せばやなささの庵に春風のたくみにおろす花のうはふき」
② かやの類で屋根を葺くこと。
※高野山文書‐天文一九年(1550)奥院興隆作事入目日記「奥院二宮上葺入目之事」
③ 牛車(ぎっしゃ)の車箱の屋根。
※兵範記‐仁安元年(1166)一〇月一〇日「儲皇御車 華美唐車也、四面垂二白生糸一、施二左右横縁一、上葺同糸」
④ インドの倉庫、物置小屋のごとき建物の屋根の葺き方で、蔵の上部しかも蔵から独立した形で葺く方法(日葡辞書(1603‐04))。」
とある。ここでは②の意味。
茅葺屋根の上葺の際には、まず竹で土台を組むときに縄が用いられ、その上に下地となる縄で束ねた萱を敷き詰める。この時に大量の縄が必要とされる。
前句を屋根葺きをする職人とする。忙しくて腰手拭を畳む暇もない。
三十五句目。
縄を集る寺の上茨
花の比昼の日待に節ご着て 野徑
前句の「上茨」を①の意味に取り成し、藁ぶき屋根に花が散った花の上葺にする。
日待(ひまち)はコトバンクの「世界大百科事典 第2版の解説」に、
「村の近隣の仲間が特定の日に集まり,夜を徹してこもり明かす行事。家々で交代に宿をつとめ,各家から主人または主婦が1人ずつ参加する。小規模の信仰行事で,飲食をともにして,楽しくすごすのがふつうである。神祭の忌籠(いみごもり)には,夜明けをもって終了するという形があり,日待もその一例になる。日の出を待って夜明しをするので日待というといわれる。宗教的な講の集会を一般に日待と呼ぶこともある。集りの日取りにより,甲子待(きのえねまち),庚申待(こうしんまち)などと称しているが,十九夜待,二十三夜待,二十六夜待などは月の出を拝む行事で,日待と区別して月待と呼ぶ。」
とある。狭義の日待は正月・五月・九月に行われるので、この場合は桜の季節だから甲子待か庚申待を指しているのかもしれない。通常は夜通し行われるものだが、昼から行われることもあったのだろう。
「節ご」は『芭蕉七部集』の中村注に「節句小袖。節日に着る晴着」とある。
挙句。
花の比昼の日待に節ご着て
ささらに狂ふ獅子の春風 二嘨
獅子神楽であろう。ササラを打ち鳴らす中で獅子が乱舞する。
獅子舞は能にも取り入れられ、『石橋』では獅子が舞う。ここでは獅子だけに桜ではなく牡丹の中で舞う。
「獅子団旋の舞楽のみぎん、獅子団乱旋の舞楽のみぎん、牡丹の花房にほひ充ち満ち、たいきんりきんの獅子頭、打てや囃せや牡丹芳、牡丹芳、黄金の蕊、現はれて、花に戯れ枝に伏し転び、げにも上なき獅子王の勢ひ、靡かぬ草木もなき時なれや、万歳千秋と舞ひ納め、万歳千秋と舞ひ納めて、獅子の座にこそ、直りけれ。」(野上豊一郎. 解註謡曲全集 全六巻合冊(補訂版) (Kindle の位置No.90267-90283). Yamatouta e books. Kindle 版. )
とばかりに目出度く一巻は終了する。
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