今日からまた仕事で、人も車も例年よりは少ないが、がらがらというわけでもない。こんなんで本当に大丈夫なのか。清水建設も工事を再開すると言っているし。
変わったお茶をご馳走になる
月を背に漁火遠い日本海
まあとにかく今日は晴れた。旧暦四月十五日で満月が見える。
今年は四月閏で四月が二ヶ月ある。そんなにたくさん卯月の俳諧を見つけるのは面倒なので、一足早く五月の連歌を読んでみようかと思う。
随分前に図書館で借りて読んだ『心敬の生活と作品』(金子金次郎、一九八二、桜楓社)所収の、「応仁元年夏心敬独吟山何百韻」を読み返してみようと思う。
応仁元年(一四六七)というとあの有名な応仁の乱の年だが、その前年の文正元年(い四六六)七月の文正の政変があり、その年の十二月には畠山義就が大軍を率いて上洛し、京都は既に戦乱状態に入っていた。翌文正二年(一四六七)の一月には御霊合戦が起こり、京都の戦火は広がっていった。
そして文正二年三月五日に改元され応仁元年となった。そしてその応仁元年四月二十八日、心敬は戦乱に明け暮れる京都を離れ関東に下る。まず伊勢神宮に参拝し、それから船で武蔵国品川に着いた。この独吟はその品川での吟になる。
心敬の草庵がどこにあったかは今となっては謎だが、『心敬の生活と作品』(金子金次郎)によれば、南品川の南馬場のあたりだという。近くに天妙国寺があるが、かつては妙国寺と呼ばれ、
ながれきてあづまにすずし法の水 心敬
の発句を詠んでいる。
「応仁元年夏心敬独吟山何百韻」はその品川に着いたばかりの五月の吟とされている。
発句。
ほととぎす聞きしは物か不二の雪 心敬
ホトトギスの声が聞こえたが、あれは幽霊か物の怪のたぐいだろうか、富士は雪で真っ白だ。
富士は雪で真っ白で冬のようだから、ホトトギスなんて鳴くはずがない、でも聞こえてくる。それを「物か」と疑う。
「物」は多義で、今で言う物質に近い意味もあるが、霊魂だとかたましいだとかいう意味もあるし、物の怪も本来は物質が化けたということではなく、霊魂の意味での物の怪異だった。
現実のホトトギスの声は「物か」と疑うことによって、現象を超えてその背後の世界、物自体の世界を響かせることになる。単なる音波ではなく、魂の声となる。
品川からだと、富士はそんなに大きくは見えない。ひょっとしたら、伊勢からの船旅で、駿河沖から見た富士山のイメージがあったのかも知れない。
脇。
ほととぎす聞きしは物か不二の雪
雲もとまらぬ空の涼しさ 心敬
真っ白な富士山が見えるというからには、そこには雲がない。
旧暦の五月は五月雨の季節だから、晴れるというのも珍しい。「雲もとまらぬ」というのは小さな雲が流れては消え、留まることがないという意味で、それだけ風がある、晴れてもそんなに暑さを感じさせない日だったのだろう。
第三。
雲もとまらぬ空の涼しさ
月清き光によるは風見えて 心敬
富士の雪は雲が止まらないから見えるもので、雲が止まらないのは風吹いているからで、雲が動くことで風が見えている。
江戸時代の俳諧にはないわかりやすい展開で、それでいて月で秋に転じ夜分の景色とし、発句としっかり離れている。
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