今日は朝から雲一つないいい天気で、今日も散歩に出た。雪のない富士山がはっきりと見えた。長沢諏訪社へ行ったら明治十四年の江戸狛犬があった。
夜も晴れてほぼ満月。
それでは次は同じ『虚栗』から「土-船諷棹(つちふねさををうたふ)」の巻を読んでいこうと思う。
これも『普及版俳書大系3 蕉門俳諧前集上巻』(一九二八、春秋社)からで、注釈無し、ノーヒントで読んでみることにする。
発句は、
土-船諷棹月はすめ身ハ濁レとや 楓興
という、いかにも天和調という感じの破調の句だ。
「土-船」は漢文調に「とせん」とでも読んだ方が良いのか。普通に「つちぶね」で良いのか。コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「土船・土舟」の解説」に、
「① 土を運送する船の総称。江戸時代の大坂には極印をうけた古土船・新土船・在土船の三種が合計六六艘あり、山土を積んで大坂市中の銅細工や鍋・釜の鋳物師などへ売った。船の長さ三二・五尺(約九・八五メートル)、幅五・七尺(約一・七三メートル)、一人乗りの小型の川船。土取り船。
※俳諧・虚栗(1683)下「土船諷レ棹を月はすめ身は濁れとや〈楓興〉 浮生ははぜを放す盞〈其角〉」
② 土で作った船。日本の昔話「かちかち山」に出てくる船。どろ船。
※滑稽本・古朽木(1780)五「かちかち山の因縁を顕し、水桶の内の苦みは土舟の報を見せたり」
とあり、ここでは「つちぶね」になっている。
諷棹は返り点と送り仮名がふってあって「棹(さを)ヲ諷(うた)フ」になる。上五が五文字字余りで十七五になる。長さとしては、
艪の声波ヲ打って腸凍る夜や涙 芭蕉
と同じ長さになる。
工事に用いる土砂を運ぶ船の棹の音が唄っているかのようで、月は澄め、我身は濁れと唄っているかのようだ。
まあ、土船は土砂で汚れることで世間の役に立っているのだから、汚れは我が引き受けよう、月は澄んでくれ、となる。
脇。
土-船諷棹月はすめ身ハ濁レとや
浮生ははぜを放す盞 其角
浮生(ふせい)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「浮生・浮世」の解説」に、
「〘名〙 はかない人生。定まりない人の世。はかないこの世。ふしょう。
※菅家文草(900頃)三・宿舟中「客中重旅客、生分竟浮生」 〔阮籍‐大人先生伝〕」
とある。
はかない人生の後生のことを思うと、殺生をやめ、釣ったハゼも放して酒を飲もう、と澄む月を真如の月として応じる。
第三。
浮生ははぜを放す盞
興そげて西瓜に着スル烏-角巾 柳興
烏-角巾は隠者が着用する黒いスカーフだと、ネット上の中国の辞書にある。(古代葛制黑色有折角的头巾,常为隐士所戴)。
中国の隠士を気取って烏角巾を被っていたが、飽きたので西瓜を包むのに使っている、ということか。前句を隠士の心としての付けになる。
四句目。
興そげて西瓜に着スル烏-角巾
萩すり團風みだるらん 長吁
團にルビはないが「うちわ」であろう。萩の花で摺染(すりぞめ)にした団扇は、何となく日本の隠士気取りが使いそうだということだろう。
五句目。
萩すり團風みだるらん
蓬生のうづらは蚊帳の中に鳴 其角
蓬生(よもぎう)は蓬の茂る荒れ果てた家だが、『源氏物語』の蓬生巻だと明石から帰った源氏の君が訪れた末摘花の家を指す。
「かかるままに、浅茅は庭の面も見えず、しげき蓬は軒を争ひて生ひのぼる。 葎は西東の御門を閉ぢこめたるぞ頼もしけれど、崩れがちなるめぐりの垣を馬、牛などの踏みならしたる道にて、春夏になれば、放ち飼ふ総角の心さへぞ、めざましき。」
というような状態なら、鶉がいてもおかしくはない。
ただ、蚊帳の中というから、本当に鶉が蚊帳の中に入って来たのではなく、鶉衣、つまり継ぎ接ぎだらけのぼろを着て泣いている女がいて、萩摺団扇の風も乱れる、と付くと見た方が良い。
六句目。
蓬生のうづらは蚊帳の中に鳴
鼬のたたく門ほそめ也 楓興
蚊帳に鳥の鶉がいる、という寓話のような世界にして、鼬が門を叩く。
初裏、七句目。
鼬のたたく門ほそめ也
ぬす人を矢に待嵐窓ヲ射る 長吁
鼬のたたく門をかつて富貴を極めた者の屋敷の廃墟とし、昔だったら盗人が来たら矢を射かけようと待ち構えていた窓も、いまは鼬が門を叩き、嵐の風が吹き抜けて行く。
八句目。
ぬす人を矢に待嵐窓ヲ射る
下女が鏡にしらぬ俤 柳興
盗人に矢を射ようと窓の所で待っていると、下女の鏡に見知らぬ俤が映る。敵は鏡の向こうからやって来る怪異だった。
九句目。
下女が鏡にしらぬ俤
泪とも直衣のつまを切ル襡 楓興
襡は「フクサ」とルビがふってある。コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「袱紗・服紗・帛紗」の解説」に、
「① 糊(のり)を引いてない絹。やわらかい絹。略儀の衣服などに用いた。また、単に、絹。ふくさぎぬ。
※枕(10C終)二八二「狩衣は、香染の薄き。白き。ふくさ。赤色。松の葉色」
② 絹や縮緬(ちりめん)などで作り、紋様を染めつけたり縫いつけたりし、裏地に無地の絹布を用いた正方形の絹の布。贈物を覆い、または、その上に掛けて用いる。掛袱紗。袱紗物。
※浮世草子・好色一代男(1682)七「太夫なぐさみに金を拾はせて、御目に懸ると服紗(フクサ)をあけて一歩山をうつして有しを」
③ 茶道で、茶器をぬぐったり、茶碗を受けたり、茶入・香合などを拝見したりする際、下に敷いたりする正方形の絹の布。茶袱紗、使い袱紗、出袱紗、小袱紗などがある。袱紗物。
※仮名草子・尤双紙(1632)上「紫のふくさに茶わんのせ」
④ 本式でないものをいう語。
※洒落本・粋町甲閨(1779か)「『どうだ仙台浄瑠璃は』『ありゃアふくさサ』」
とある。この場合は②であろう。
直衣(のうし)は王朝時代の貴族の普段着。
前句を死んだ男の俤とし、涙ながらに遺品の直衣を切って袱紗にする。遺骨を包むのに用いるのか。
十句目
泪とも直衣のつまを切ル襡
むかし雨夜の文枕とく 其角
文枕(ふみまくら)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「文枕」の解説」に、
「① 文がらを芯に入れて作った枕。
※浮世草子・好色一代男(1682)跋「月にはきかしても余所には漏ぬむかしの文枕とかいやり捨られし中に」
② 夢に見ようとして枕の下に恋文などを入れておくこと。また、そのふみ。
※俳諧・談林十百韻(1675)上「あはでうかりし文枕して〈卜尺〉 むば玉の夢は在所の伝となり〈雪柴〉」
③ 枕元において見る草子類。」
とある。
『源氏物語』帚木巻の雨夜の品定めに入る前に、文を沢山見つけて勝手に読もうとする場面がある。ここでは①の枕を分解して、出てきた文を勝手に読んだ過去を思い出し、涙ながらに直衣を袱紗にする、と付ける。
十一句目
むかし雨夜の文枕とく
名をかへて縁が丫鬟長シク 柳興
「縁」には「ユカリ」、「丫鬟長」には「カブロオトナ」とルビがふってある。ちなみに「丫鬟(あくわん)」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「丫鬟」の解説」に、
「〘名〙 (「丫」はあげまきの意)
① あげまきに結んだ髪。〔李商隠‐柳枝詩序〕
② 転じて、頭をあげまきにした幼女。また、年少の侍女、腰元、婢。
※通俗酔菩提全伝(1759)一「孩児を丫鬟(アクハン)(〈注〉コシモト)に抱(いだかせ)て」
とある。ここでは遊郭の禿(かむろ、かぶろ)とする。
遊女の位が上がって名前を変えた、その披露の場面か。その縁者(妹か娘か)の禿もおとなしく従う。
十二句目
名をかへて縁が丫鬟長シク
うきを盛の酒-中-花の時 長吁
「酒中花(しゅちゅうくわ)」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「酒中花」の解説」に、
「〘名〙 酒席に興を添えるため、山吹の茎のずいなどで花鳥などを作り、おしちぢめておき、酒などの中に浮かべるとふくれて開くようにしたもの。《季・夏》
※俳諧・桜川(1674)冬「酒中花は風をちらして冬もなし〈顕成〉」
とある。
「うきを盛(もる)」は「酒に浮かべて盛る」と「憂き」を掛ける。
前句の「名をかへて」を何らかの悪い方の意味での改名とする。
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