世界は相変わらず悲しいことが多いけど、日本は平和だ。
日本を悲しくする必要はない。世界が日本のように平和になるように頑張ろう。
そのためには我々自身の文化をきちんと見つめ、発信してゆきたい。自虐は何も生まない。
鈴呂屋は平和に賛成します。
それでは「西華集」の続き。
安芸
宮島
松かげや烏のとまる早苗船 尚政
日は焦たる黴の夕晴 雲鈴
やれ客と座敷の子共掃出して 支考
隣もちかき籔のくくり戸 林角
馬の血のこぼれて水の濁り行 祖扇
時雨に笠も持ぬ境界 尚政
達磨忌の夜は片岡の月を見て 林角
名はさまざまに紅葉ちりけり 祖扇
第一 不易の行なり五文字におかけといはざれば下の烏
求め過たらんに一句のあしらひいとよし
第二 天相なり江邊の暮色ならばくもりておかしからず
殊に五月雨の夕日の雲にこがれたらん風光いふば
かりあるまじ
第三 其人也是は地の曲ともいふべし山寺の和尚など旦
那見舞に出給へるもかかる黴の晴間なるべしやら
とて座敷とりたつるに麥から馬も張皷も次の間に
掃出されて起あがり小法師といふものは行先ぬか
らで起あがりたるをのれが在所こそやすからぬ物
なれ
発句は、
松かげや烏のとまる早苗船 尚政
早苗舟にカラスの止まる景にお目出度い松を添えるのだが、影と控えめにするところで品良く田植の目出度さを引き立てる。不易だが、カラスの止まる早苗船は紋切り型にならずに、行となる。
尚政は『西華集』坤巻に、
竹釣瓶もてあつかふや梅の花 尚政
船の帆の今かくれけり花樗 同
などの句がある。
脇。
松かげや烏のとまる早苗船
日は焦たる黴の夕晴 雲鈴
「焦たる」は「こがれたる」。「黴」は黴雨(つゆ)。梅雨の雲の合間を真っ赤に染めて日が沈む。
前句の季節の天候を付ける。
第三。
日は焦たる黴の夕晴
やれ客と座敷の子共掃出して 支考
客が来たからと子供を外へ追払う。梅雨の晴間なので、もう少しそとで遊んでいろということだが、広い所で子共が集まってくるというところで、お寺を連想するのが普通だったのだろう。
麦藁の馬や張り子のおもちゃなど掃き出されて、というのは支考自身の幼少体験か。
梅雨の夕暮れに追い出す人追い出される子供が「其人」になる。住職と小坊主のドラマがある所が「地の曲」ということか。
四句目。
やれ客と座敷の子共掃出して
隣もちかき籔のくくり戸 林角
追い出された子供は隣の薮のくくり戸の中へ逃げ込む。
林角は『西華集』坤巻に、
分別もなしに出けり山さくら 林角
荒てよき物や月見の浜やしき 同
などの句がある。
五句目。
隣もちかき籔のくくり戸
馬の血のこぼれて水の濁り行 祖扇
籔から賤民の連想で、死んだ馬の解体場を付ける。
祖扇は『西華集』坤巻に、
人はいさ戻りともなし秋の庵 祖扇
人買の船はむかしや浦千鳥 同
の句がある。
六句目。
馬の血のこぼれて水の濁り行
時雨に笠も持ぬ境界 尚政
落ち武者であろう。時雨に降られても職人芸能や巡礼者は笠を被り、公界を往来するが、軍に破れた者には笠すらもない。
七句目。
時雨に笠も持ぬ境界
達磨忌の夜は片岡の月を見て 林角
片山時雨という言葉もある。時雨は岡の片側だけを降るだけで、降ってない方には月も見える。
達磨忌は十月五日で時雨の季節になる。
八句目。
達磨忌の夜は片岡の月を見て
名はさまざまに紅葉ちりけり 祖扇
達磨忌は少林忌とも初祖忌ともいう。お寺の庭には紅葉が散る。
豊前
大橋
かりの世の住ゐや蚊屋に顔ばかり 柳浦
うそのやうなる夏の明ぼの 元翠
かの君か五條あたりの月を見て 支考
俄さむさの露ぞしぐるる 一袋
ささ栗に猿鳴わたる山つたひ 雲鈴
此ごろ出來た村になもなし 不帯
物知の京から居る西方寺 桐水
たばこと酒に十兩の金 野吹
第一 不易の行也わかき者どもは手ばやに寐つきたるを
老の身の律儀にねられぬままの口すさみなるべし
第二 時分也夏の夜はねぬにあけぬといへる物おもはぬ
人なるべしとりしめもなき明ぼののさまただかり
そめの轉寐としりぬ
第三 其場也曲也まことしからぬ明ぼのをおもへば五條
あたりにと読けむ辻君のわかれもおもひやらるる
かし此句を辻君といはば打越の人倫わづらはし越
のはなれは自他のならひもあるべし
発句は、
かりの世の住ゐや蚊屋に顔ばかり 柳浦
で、俳諧の友が集まったりして小さな蚊帳の中に何人も入って一緒に寝たのだろう。若いものは早々と寝てしまい、年寄りが蚊帳の中を見回して、蚊はいない、顔ばかりだ、と思う。
『嵯峨日記』でも蚊帳の中で五人て寝ようとするが眠れなくて、という話がある。
蚊帳で眠れないのは不易だが、蚊ではなくて顔のせいにするところに新味があり、不易の行になる。
柳浦は『西華集』坤巻に、
何事に腹のたつべき花さかり 柳浦
誰か礫遠く行らん凉み川 同
などの句がある。
脇。
かりの世の住ゐや蚊屋に顔ばかり
うそのやうなる夏の明ぼの 元翠
眠れなくて悶々としていたが、知らないうちに寝てしまい、気づいたら夜が明けていた。
ただでさえ早い夏の朝が、余計早く感じられる。
蚊帳に寝て曙を付ける。時分になる。
元翠は元禄十二年刊朱拙編『けふの昔』に、
雪何と北の家陰の梅もはや 元翠
の句がある。
第三。
うそのやうなる夏の明ぼの
かの君か五條あたりの月を見て 支考
「かの君」は支考の注に辻君とある。コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「辻君」の解説」に、
「〘名〙 夜間、道ばたに立ち、通行人を客として色を売った女。夜発(やほち)。夜鷹。辻傾城。辻遊女。立ち君。古くは、町の路次内に店をかまえた下等の売女をいった。
※咄本・正直咄大鑑(1687)黒「むかしよりいひつたへたる辻君(ツジギミ)と云者」
とある。今日の五条あたりに出没する。前句の明ぼのから遊女の後朝として月を添える。
「五条」が其場で「かの君」が曲になる。
四句目。
かの君か五條あたりの月を見て
俄さむさの露ぞしぐるる 一袋
夕暮れの客待ちの遊女に転じ、その心情に露の時雨を添える。
一袋は『西華集』坤巻に、
蝙蝠の出られて戻る華見かな 一袋
たなばたに着たり借たり夏羽織 同
の句がある。
五句目。
俄さむさの露ぞしぐるる
ささ栗に猿鳴わたる山つたひ 雲鈴
前句の気候に猿の鳴く山を付ける。
六句目。
ささ栗に猿鳴わたる山つたひ
此ごろ出來た村になもなし 不帯
山奥に逃れてきた落人の村か。出来たばかりでまだ名前もない。
不帯は『西華集』坤巻に、
掃寄せてをけば又ちる芥子の花 不帯
の句がある。
七句目。
此ごろ出來た村になもなし
物知の京から居る西方寺 桐水
「居る」は「すはる」か。西方寺は特にどこのということでもなく、西方浄土にちなんだ名前の寺は何処にでもありそうな、ということか。
桐水は『西華集』坤巻に、
華咲て日酒参るか山の神 桐水
念仏も売ぬ師走の月夜哉 同
の句がある。
八句目。
物知の京から居る西方寺
たばこと酒に十兩の金 野吹
京から来たというので、煙草を栽培し酒を醸造し、十両もの収入がある。
野吹は『西華集』坤巻に、
朔日をこらへかねたるしぐれかな 野吹
の句がある。
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