今日は雨。夜には雷が鳴った。
延宝九年の「春澄にとへ」の巻を鈴呂屋書庫にアップしたのでよろしく。
越人が何で『俳諧次韻』を蕉風の確立としたのか、順に読んできてわかった気がする。確かに、これまでと違って面白い。
多分それまでのが寺社などでの公開を前提とした俳諧だったのに対し、『俳諧次韻』は書物俳諧で、ある程度時間をかけて作ったのではないかと思う。書物で読まれることを前提としているから、展開も大きくなるし、表記の上でのいろいろな実験も行われている。
興行俳諧の時代が終わり書物俳諧に時代はシフトしてゆく、その最初のものということで画期的だったのではないか。
それでは延宝のグルメの続き。
蓼酢
「物の名も」三十六句目
土用しれ山は紺地の青あらし
谷水たたへて蓼酢のごとし 信章
蓼酢はすりつぶした蓼を酢で伸ばしたもので、緑色の液体になる。
金柑
「物の名も」三十七句目
谷水たたへて蓼酢のごとし
異風者金柑渕になげ捨る 信徳
「異風者(いふうもの)」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典の解説」に、
「〘名〙 世間普通の様子とは異なった人。性質、態度などが人並みでない者。
※仮名草子・可笑記(1642)二「真実の異風(イフウ)ものといふは、当世人々のいへる、くゎんかつもののたぐひなるべし」
とある。
蓼酢に金柑を添えるのは粋だけど、蓼酢のような湖に金柑を投げ捨てるのは行き過ぎ。
うどん
「物の名も」六十三句目
うどん切落す橋の下水
つりものに中の間の障子引はなし 信章
「つりもの」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典の解説」に、
「① (━する) 路上などで出会った見知らぬ者をさそって情を交わすこと。
※評判記・色道大鏡(1678)二五「釣者(ツリモノ)といふは、物見物参りの道路にて、近付ならぬ女を引ゆく事也」
② 路傍で客をさそって売春する女。
※俳諧・鷹筑波(1638)二「つきだされたる寝屋の釣(ツリ)もの 後夜時に鐘楼の坊主目は覚て」
③ だまして金などをまきあげる相手。えもの。
※浄瑠璃・奥州安達原(1762)四「結構な釣者がかかったと思ひの外、あちこちへ釣られてのけた」
④ (釣物) つるすようにしたもの。また、つってあるもの。簾など。特に歌舞伎の大道具の一つで、天井につっておいて、必要なときに綱をゆるめておろして背景などに用いるもの。〔日葡辞書(1603‐04)〕
※歌舞伎・浮世柄比翼稲妻(鞘当)(1823)大切「大柱、吊(ツ)り物(モノ)にて水口を見せ」
とある。
「中の間」は「デジタル大辞泉の解説」に、
「家の中央にある部屋。奥の間と玄関などとの間にある部屋。」
とある。この場合はうどん屋の暖簾で、中の間の障子が開け放たれてうどんを切っているところが見えるということか。
新蕎麦
「梅の風」九十三句目
後陣はいまだ横町の露
上々新蕎麦面もふらず切て出 信章
後陣は横町で、この上ない新蕎麦をわき目もせずに切って行くその手際を見ている。
新蕎麦にたれ味噌
「実や月」四句目
新蕎麦や三嶋がくれに田鶴鳴て
芦の葉こゆるたれ味噌の浪 卜尺
醤油が普及する前の江戸では、蕎麦はたれ味噌で食べていた。
けんどん蕎麦
「見渡せば」九十句目
鉢一ッ万民これを賞翫す
けんどむ蕎麦や山の端の雲 桃青
(鉢一ッ万民これを賞翫すけんどむ蕎麦や山の端の雲)
「けんどむ蕎麦」は「けんどんそば」でコトバンクの「世界大百科事典内のけんどんそばの言及」に、
「…江戸初期のそば屋は,三都とも菓子屋から船切り(生のそばを浅い矩形の箱に並べたもの)を取り寄せて使う店が多かった。1664年(寛文4)に〈けんどんそば切り〉が売り出され,4年後にははやりものの一つに数えられるまでになった。けんどんそばの元祖については,瀬戸物町信濃屋と堀江町二丁目伊勢屋との説があるが,吉原の江戸町二丁目仁左衛門とするのが正しい。…」
とある。
大根おろし
「見渡せば」九十九句目
八盃豆腐冬ごもる空
俤のおろし大根花見して 桃青
饅頭
「物の名も」七十二句目
千早振木で作りたる神すがた
岩戸ひらけて饅頭の見世 信章
ここでは阿修羅ではなく別の神像になる。境内には饅頭屋があり、岩戸を出てきた天照大神もびっくりだろう。
紅葉豆腐
「梅の風」六十句目
鶏の御斎を申今朝の月
龍田の紅葉豆腐四五丁 桃青
「紅葉豆腐」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典の解説」に、
「〘名〙 江戸時代、和泉国(大阪府)堺の名物の豆腐。上にもみじの形をしるしたもの。のちに江戸でも売られた。〔堺鑑(1684)〕
〘名〙
① 紅葉の葉の型をおした豆腐。
※俳諧・常盤屋の句合(1680)六番「桜にあらぬさくらごんにゃく、予たはぶれに曰、彼は紅葉豆腐に増れるといはんか」
② 豆腐料理の一つ。豆腐に刻んだ唐辛子や生薑(しょうが)をすり混ぜ、揚げたもの。〔豆腐百珍続編(1783)〕」
とある。時代的には①の方か。
豆腐
「色付くや」発句
色付くや豆腐に落て薄紅葉 桃青
句としては、まず「色付や」と疑っているのと、この句の主題が「薄紅葉」であるところから、この句は「薄紅葉の豆腐に落ちて色づくや」の倒置と考えられる。これは薄っすらと色づいたまだ青さの残る紅葉が豆腐の上に落ちて、汁の水分で色が鮮やかになるのだろうか、なってくれないかな、という句ではなかったかと思う。
八盃豆腐
「見渡せば」九十八句目
あほう噺芦火にあたりて夜もすがら
八盃豆腐冬ごもる空 似春
(あほう噺芦火にあたりて夜もすがら八盃豆腐冬ごもる空)
八盃豆腐はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典の解説」に、
「〘名〙 豆腐を細長く切って煮た料理。煮出し汁が水四杯、だし二杯、醤油二杯の割合であったので八杯と名づけたとも、豆腐一丁で八人前とれたので名づけたともいう。八杯。〔浮世草子・風俗遊仙窟(1744)〕」
とある。昔の豆腐は今よりも堅かったのかもしれない。
とろろ汁に海鼠の小だたみ
「色付や」六十八句目
とろろ汁生死の海を湛たり
元小だたみは無面目にて 桃青
「小だたみ」は『校本芭蕉全集 第三巻』の注に、
「海鼠を酒に漬けておき、煮出汁・塩・味みりんで味付けした中に入れて、わさびあえにした料理。」
とある。
奈良茶飯
「のまれけり」三十一句目
日待にきたか山郭公
やすき夜も寝ぬに目覚めすならちやずき 春澄
ならちや(奈良茶)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典の解説」に、
「① 奈良地方から産する茶。
② 「ならちゃめし(奈良茶飯)」の略。〔料理物語(1643)〕」
とある。
この場合は②の方で、奈良茶飯は二つあり、コトバンクの「精選版 日本国語大辞典の解説」に、
「① 薄く入れた煎茶でたいた塩味の飯に濃く入れた茶をかけて食べるもの。また、いり大豆や小豆(あずき)・栗・くわいなどを入れてたいたものもある。もと、奈良の東大寺・興福寺などで作ったものという。ならちゃがゆ。ならちゃがい。ならちゃ。〔本朝食鑑(1697)〕
② 茶飯に豆腐汁・煮豆などをそえて出した一膳飯。江戸では、明暦の大火後、浅草の浅草寺門前にこれを売る店ができたのが最初で、料理茶屋の祖となった。〔物類称呼(1775)〕」
とある。
日待のときに食べるなら①の方か。
焼味噌
「のまれけり」三十二句目
やすき夜も寝ぬに目覚めすならちやずき
雲のいづこに匂ふ焼みそ 似春
焼き味噌はコトバンクの「和・洋・中・エスニック 世界の料理がわかる辞典の解説」に、
「みそを杉板などに塗りつけて、遠火であぶった料理。そばの実・ごま・しょうがなどを加えることもある。酒の肴(さかな)、飯のおかず、茶漬けの具などにする。」
とある。奈良茶飯の具に焼味噌は定番だったのだろう。
田楽
「須磨ぞ秋」六十五句目
帝近所へ夜ばなしの秋
錦かと田楽染る龍田川 桃青
「夜話(よばなし)」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典の解説」に、
「① 夜、談話すること。また、その談話。やわ。《季・冬》 〔日葡辞書(1603‐04)〕
※咄本・醒睡笑(1628)八「この夕、夜咄にたより、われ人案じて遊ばん」
② =よばなし(夜話)の茶事
※雑俳・表若葉(1732)「夜噺しに時圭をはづす亭主振」
とある。ここでは①の意味に転じ、付き物の田楽(食べ物)を出す。
龍田川を流れる紅葉を帝の目には錦と見えるのだから、夜ばなし(この場合は茶席ではなく普通の夜ばなし)で食べる味噌田楽も錦と見えるだろう、という句になる。
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