今日はうちの近所でも染井吉野が咲いた。今日も暖かい。
グラミー賞はいつも聞いたことのない日本人が受賞する。日本で活動してないから貰えるのか。あと、レディー・ガガ&アリアナ・グランデにあげるなら、ついでに渡辺直美にも、って無理か。
それでは『三冊子』の続き。
「新ミは俳諧の花也。せめて流行せざれば新みなし。新みは常にせむるがゆへに、一歩自然にすゝむ地より顯るゝ也。名月に麓の霧や田のくもり、と云は姿不易なり。花かと見へて綿畠、とありしは新ミ也。」(『去来抄・三冊子・旅寝論』潁原退蔵校訂、一九三九、岩波文庫p.103)
この二句は『続猿蓑』にある。
名月
はせを
名月に麓の霧や田のくもり
名月の花かと見えて棉畠
ことしは伊賀の山中にして、名月の夜この二句をなし出し
て、いづれか是、いづれか非ならんと侍しに、此間わかつべ
からず。月をまつ高根の雲ははれにけりこゝろあるべき初時
雨かなと、圓位ほうしのたどり申されし麓は、霧横り水な
がれて、平田渺々と曇りたるは、老杜が唯雲水のみなり、
といへるにもかなへるなるべし。その次の棉ばたけは、言葉
麁にして心はなやかなり。いはヾ今のこのむ所の一筋に便あ
らん。月のかつらのみやはなるひかりを花とちらす斗に、と
おもひやりたれば、花に清香あり月に陰ありて、是も詩哥の
間をもれず。しからば前は寂寞をむねとし、後は風興をもつ
ぱらにす、吾こゝろ何ぞ是非をはかる事をなさむ。たヾ後の
人なをあるべし。 支考評
と支考の評もついている。
この評で引用されている歌は、
月をまつ高根の雲ははれにけり
こゝろあるべき初時雨かな
西行法師(新古今集)
の歌で「圓位」は西行の法名になる。
名月に麓の霧や田のくもり 芭蕉
の句はこの西行の歌の心にも通うもので、西行の歌は時雨の雲の晴れて高根の月を見る感動を表したものだが、芭蕉の句はそれを峰に上れば田の雲の上に出て名月を見る感動を詠む。いずれも雲の晴れ、峯よりもはるかに遠い月の澄み切った姿に心洗われる。
これに対し、
名月の花かと見えて棉畠 芭蕉
の句は「花かと見えて」がやや砕けた言い回しで、綿畠に名月に照らし出された桜の花のような華やかさを見出す。
名月は秋で花は春。本来同居することのないものの同居は、誰もが見てみたいものだ。春の月は秋と違い朧に霞み、なかなか短い桜の開花に合わせてくれない。名月のもとに現れる綿畠は、その代用にもならんかというわけだ。
芭蕉はしばしば弟子に二つの句を示し、どちらがいいか尋ねることがあったようだ。これもその一つなのだろう。おそらくどちらか一句を入集させよと言われたのに撰べなくて、このような形で記したのではないかと思う。
土芳は「田のくもり」を不易とし、綿畠を新味とする。ただ、これは不易の句と流行の句とを分けて考えているかというとそうではない。
「師の曰、乾坤の變は風雅のたね也といへり。静なるものは不變の姿也。動るものは變也。時としてとめざればとゞまらず。止るといふは見とめ聞とむる也。飛花落葉の散亂るも、その中にして見とめ聞とめざれば、おさまることなし。その活たる物だに消て跡なし。」(『去来抄・三冊子・旅寝論』潁原退蔵校訂、一九三九、岩波文庫p.103~104)
乾坤は天地とほぼ同じ。四季の移り変わりや生き物の生き死になど、すべて移ろいゆくものは風雅の種になる。この移ろいは広義の「流行」でもある。ここで「新ミは俳諧の花也。につながる。
「たね」は古今集仮名序の「やまとうたは、ひとのこころをたねとして、よろづのことのはとぞなれりける。」の「たね」でもある。ちなみに近代の業界言葉ではこの「たね」をひっくりかえして「ネタ」と言っている。
世界が常に移ろいゆくから生があり死があり出会いがあり別れがある。その都度喜怒哀楽を繰り返し、それが風雅のたねになるし、俳諧のネタにもなる。移ろいゆっく世界の中で繰り返される心の動き、それが「たね」になる。
これに対して「静なるものは不變の姿也」というのは喜怒哀楽の変化にかかわらず心の底に静かに存在し続ける「誠」のこころになる。不變は不易と同じと言っていい。
動いて止むことのない世界・宇宙は「時としてとめざれば」心に留まることはないし、気に留まることすらない。すべては流れ去って行くだけで意識されることもない。だが我々はいつもそれを止めている。われわれの意識というのは移ろいゆく世界をほんの一瞬だけ留めている。それは何秒とかいう単位では測れない。おそらく特殊な量子的な場が脳内で生じることで、わずかに可逆的な時間が生じているのだろう。それが時に逆らって時を止めている。「止るといふは見とめ聞とむる也」というのは物理学的に言えばそういう想定になる。少なくとも止まるから我々はそれを意識し、表現し、言葉にすることが可能になる。
花が散り葉が落ちるのも、我々が時間を一瞬止めてそれを観測しなければ存在することもない。意識されることもなく生成消滅を繰り返す。
「又、句作りに師の詞有。物の見へたるひかり、いまだ心にきえざる中にいひとむべし。又、趣向を句のふりに振出すといふことあり。是その境に入て物のさめざるうちに取て姿を究る教也。句作になると、するとあり。内をつねに勤て物に應ずれば、その心のいろ句となる。内をつね勤ざるものは、ならざる故に私意にかけてする也。」(『去来抄・三冊子・旅寝論』潁原退蔵校訂、一九三九、岩波文庫p.104)
句作りでいうと、こうした変化してやまない世界で見えた光景を消える前に言葉にするのが一番良い。それは写生説でいうような外見の描写ではなく、対象とそれに動かされた心との未分の状態のものが言葉になれば、流行する対象に誠の心が乗っかり流行にして不易の句になるということだ。
花が咲くのを見て喜びの心が乗っかり、花が散るのを見て悲しみの心が乗っかる、この初期衝動がそのまま発露された句が一番力を持つ。
ただ、実際の所ただ「花が散るのが悲しい」と言ったところで、どの程度本当に悲しいのか伝わらない。人はいろいろな状況で同じ言葉を口にする。それだと悲しくもないのに言った嘘の言葉と区別がつかなくなる。そこで従来の言葉と常に差別化していかなくてはならない。そこで言葉に今までにない姿を与えなくてはならない。それが趣向を凝らすということだ。
その時感じた心を心の中で持続させ、それが消えないうちに今までにない新しい言葉の姿を見つけ出す。ここで初めて一つの作品になる。
句を作る時には「句になる」という時と「句にする」という時がある。「句になる」というのは言葉が自然に天から降りてくるように言葉になる。これはどのジャンルにおいても後世に残るような名作の生まれる瞬間なのではないかと思う。これに対し「句にする」というのは、うんうん唸りながらやっとのことで句に仕上げる場合だ。
芭蕉でいえば「猿に小蓑を」の句は天から降りてきたが、「古池や」の句は上五が決まらず悩んだ末に今の形になった。ただ、悩んで言葉を探して句を作るにしても、その間に最初の衝動を忘れたのでは別の句になってしまう。
心に思うことを長く心に留められるのも才能なのかもしれない。考えているうちに元の心を忘れてしまったのでは、誠の心は失われ私意に流れてしまう。
「閑さや」の句も、立石寺で詠んだ句は、
立石寺
山寺や石にしみつく蝉の声 芭蕉
の句で曾良の『俳諧書留』に記されている。これが、
淋しさの岩にしみ込む蝉の声 芭蕉
さびしさや岩にしみ込む蝉のこゑ 同
の句を経て最終的に、
閑さや岩にしみ入蝉の声 芭蕉
の句になった時は、あの時感じた心の動きを三年にわたって記憶し続けて、そして三年たってようやく天から降りてきたといってもいいのだろう。
多くの作者は日々の生活の忙しさの中に紛れて、過去の感動もいつしか忘れてしまい、なかなかこうした真似はできない。でもいつかこれを書きたい、これを書くために生まれてきたんだというものを心に持ち続ける人は、やがて傑作を生む可能性が高い。それがない者は人の物真似で偽物を作り続けるしかない。
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