2020年6月18日木曜日

 今朝は久しぶりに細くなった月を見た。閏四月二十七日。もうすぐ長かった卯月も終わる。そして五月一日は夏至。
 テレワーク化が進んでいけば都心にオフィスを構える必要もないし、通勤がないならどこに住んでてもいいわけだ。ならば田舎にいながら仕事もできる。
 役所の「スーパーシティ」という発想が既に時代遅れなんだと思う。未来は都市である必要はない。農業のAI化とともに、様々な仕事も農村に留まりながらできるようになるスーパーカントリーこそこれからなのではないか。
 アマビエ巻八十七句目。

   外階段は夏の香りが
 ワイシャツの少年達は汗臭く

 それでは「寛正七年心敬等何人百韻」の続き。

 三十三句目。

   袂をはらふ秋の追風
 船人の波なき月に今朝出でて    慶俊

 前句の「追風」を帆船の追風とする。波もなく風は追風で船出には絶好の朝だ。
 三十四句目。

   船人の波なき月に今朝出でて
 塩干を見れば山ぞ流るる      心敬

 波のない干潟には山がくっきりと映っていて、船が進めばその山が流れて行く。
 三十五句目。

   塩干を見れば山ぞ流るる
 木々の葉や入江の水に浮ぶらん   弘仲

 山の木々が水に映っていて、それが流れて行くとなると、あたかも木の葉が浮かんで流れているかのようだ。
 三十六句目。

   木々の葉や入江の水に浮ぶらん
 なににも色の冬浅き陰       能通

 「なににも色の浅き陰」に冬を放り込んだ形。「冬のなににも色の浅き陰」の倒置と見てもいい。
 疑問の「らん」を反語に取り成すのはお約束ということで、「赤や黄色に染まった落ち葉すら落ちていない、色の浅き陰」とつながる。

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