2020年6月10日水曜日

 アマビエの巻、名残の表に入り七十九句目。

   ふりかえるならみんな陽炎
 戦いの記憶も遠い春の海

 それでは「応仁二年冬心敬等何人百韻」の続き。

 八十九句目。

   冬はすまれぬ栖とをしれ
 都には雪はあらめや小野の山    宗祇

 京都の小野山は大原三千院の東にある。このあたりは日本海の方から雪雲が入り込んでくるので雪が降る。
 京都北部までは雪が降りやすいが、南部になると雨に変わることが多く、それゆえに、

 下京や雪つむ上のよるの雨     凡兆

ということになる。
 小野の山は雪に埋もれて冬は住みにくい土地だが、都の方でも降っているのだろうか、という句で、凡兆の句の「下京や」の上五は『去来抄』によれば芭蕉が考えたものだというから、発想が似ている。多分京都に住んでる人にとっては「あるある」なのだろう。
 九十句目。

   都には雪はあらめや小野の山
 時雨に月の影もすさまじ      覚阿

 前句の「あらめや」を反語とし、雪ではなく時雨で、時雨の晴れ間からみる月が寒々としているとする。

 月を待つたかねの雲は晴れにけり
     こころあるべき初時雨かな
             西行法師(新古今集)
 たえだえに里わく月の光かな
     時雨をおくる夜半のむらくも
             寂蓮法師(新古今集)

などの歌がある。
 和歌では時雨の月は冬だが、連歌では秋になる。
 九十一句目。

   時雨に月の影もすさまじ
 木がらしの空にうかるる秋の雲   心敬

 時雨(冬)の月(秋)を木枯らし(冬)と秋の雲(秋)で受ける一種の四手付けであろう。
 秋の雲というと今日では鰯雲や羊雲を言う場合が多いが、江戸時代の俳諧だと、

 山々や一こぶしづゝ秋の雲     涼菟
 岫を出てそこら遊ぶや秋の雲    北枝
 枕出せ裏屋にまはる秋の雲     丈草

のように小さくて定めなく漂う雲というイメージがあったようだ。
 ここで言う「うかるる」というのも空一面に現れる鰯雲や羊雲ではなく、木枯らしの澄んだ空に小さくぽっかり浮かぶ雲のイメージのようだ。
 九十二句目。

   木がらしの空にうかるる秋の雲
 かりもうちわび暮れわたる比    満助

 秋の空だから雁は当然と言えよう。「うかるる雲」に「うちわぶ雁」を対比させている。

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