今日もいい天気だった。仕事が休みなので間違いなく一日家にいた。
早くから家に籠ってコロナと戦ってくれている人たちには頭が上がらないし、とにかく感謝したい。
一度沈静化できても、ウィルスは無症状だった人や回復した人の中でも生きているかもしれないから、これから何度も波状攻撃が来るかもしれない。油断せずに頑張ろう。
かのアルベール・カミュも言った。「我反抗す、故に我等あり」と。敵がたとえどんなに無敵のウィルスであっても、最後まであらがい続けよう。
まずはゴールデンウィークで何とかピークアウトを勝ち取ろう。
偶然と思えずもしやストーカー
公園脇で休憩すれば
それでは「鐵砲の」の巻の続き。
十三句目。
一里こぞり山の下苅
見知られて岩屋に足も留られず 泥土
山の岩屋でひそかに修行していたら、下刈りに来た村人がたくさん押し寄せて場所が知られてしまい、多分ちょうどいいから詰め所に使おうということになって、立ち寄ることもできなくなった。
十四句目。
見知られて岩屋に足も留られず
それ世は泪雨としぐれと 里東
多分、借金をしたか犯罪を犯したかで逃亡し、世捨て人になり、岩屋に潜んでいたのだろう。見つかってしまい、留まることもできず、さすらいの旅は続く。
悲しみの雨に、宗祇が宿りの時雨、どこへ行っても仮住まいで安住の地はない。
十五句目。
それ世は泪雨としぐれと
雪舟に乗越の遊女の寒さうに 野徑
「雪舟」は「そり(橇)」と読む。「越の遊女」は芭蕉の『奥の細道』の市振の遊女を髣髴させる。「山中三吟」にも、
霰降るひだりの山は菅の寺
遊女四五人田舎わたらひ 曾良
の句がある。
田舎渡りの遊女の悲哀はある種鉄板(定番)だったのかもしれない。
十六句目。
雪舟に乗越の遊女の寒さうに
壹歩につなぐ丁百の錢 乙州
コトバンクで「丁百の錢」を引くと「丁銭」とあり、「丁銭」を引くと「丁百」とある。「丁百」は「デジタル大辞泉の解説」に、
「江戸時代、銭96文を100文に通用させた慣行に対して、100文をそのまま100文として勘定すること。丁銭。調銭。→九六銭(くろくぜに)」
とある。「九六銭」は「精選版 日本国語大辞典の解説」に、
「〘名〙 江戸時代に、銭九六文を「さし」に通してまとめ、一〇〇文として通用させたもの。また、その計算法。中国の商習慣をうけいれたもので、九六という数字は、比較的多くの数で割り切れるので、取引上便利なために江戸時代には広く行なわれた。省百(せいひゃく)。くろく。
※増補田園類説(1842)下「寛永新銭の頃より、九六銭に成たると見えたり」
とある。
「壹歩(一歩)」は一分金(一歩判)と「一歩進む」に掛けたもので、遊女の一歩は、丁百をこつこつと貯めて行き、やがては一分金になるとする。一分金四枚で一両(小判一枚)になる。一歩は約千文なので、丁百の錢十本となる。
田舎わたらいの遊女は一歩稼ぐのも大変だったのだろう。
十七句目。
壹歩につなぐ丁百の錢
月花に庄屋をよつて高ぶらせ 珍碩
丁百は田舎の方で用いられることが多かったのか、田舎の庄屋を月花にかこつけて酔わせてご機嫌をとれば、一歩相当の銭でもぽんと気前よく出してくれる。
中村注には「よつて」を「寄ってたかって」の意味としている。「寄って」と「酔って」をかけているので、あえて平仮名で「よつて」としているのであろう。
十八句目。
月花に庄屋をよつて高ぶらせ
煮しめの塩のからき早蕨 怒誰
田舎の庄屋の月花の宴にふさわしい肴といえば、塩辛い早蕨の煮しめだったのだろう。
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