2020年4月15日水曜日

 今朝は下弦の月と三つの惑星が並んでいた。
 藤の花も咲いてたね。
 東京都の感染者数が減っているので、一応緊急事態宣言の効果が出たのか。だが、これで気を抜いてはいけない。死者が増えている。
 人と人とが顔を合わせなくても回る社会ということで、ネット取引、ネット会議、ネット上の商品開発、業者のブッキング、資金集め、ネットでのライブ配信、ネット上での多人数での音楽、映画、ドラマ、アニメなどの創作、ネット上での学校の授業などが盛んになれば、そのプラットフォーマーも急成長することになるだろう。
 そして多分今のGAFAのように最終的には巨大プラットフォーマーの寡占になるんだろうな。
 公共性の強い分野だけに、規制で縛り付けるのは良い方法ではない。国ごとの課税強化もあまり効果がないとなると、何か地球規模での課税システムが必要になるのかもしれない。
 それともむしろ、彼等が地球政府になり、世界中にベーシックインカムを供給することになるのか。政治のプラットフォームを作るというのもあるかもしれない。

   宿に着いても酒は飲まない
 少しづつ業界言葉覚えだす

 それでは「五人ぶち」の巻の続き。

 二十五句目。

   けふも粉雪のどつかりと降
 おはぐろを貰ひに中戸さし覗き  野坡

 「中戸(なかど)」はgoo辞書の「デジタル大辞泉(小学館)」に、

 「 江戸時代、商家の店から奥に通じる土間の口の仕切り戸。
 「―を奥へは、かすかに聞こえける」〈浮・永代蔵・四〉」

とある。
 鉄漿(おはぐろ)は鉄漿水(かねみず)と五倍子(ごばいし/ふし)粉で自作したという。鉄漿水は鉄と酢で作れるが五倍子粉は店で入手しなくてはならなかった。
 ただ、女性がみんな自作したのではなく、ご近所で誰かが作って、ほかの物と交換したりして融通し合ってたのではないかと思う。
 雪の日は鉄漿を貰いにいってもなかなか出てきてくれず、中戸から中を覗くことになる。これもあるあるだったのだろう。
 後の、

 応々といへどたたくや雪のかど  去来

句にも通じるものがある。
 二十六句目。

   おはぐろを貰ひに中戸さし覗き
 むかしの栄耀今は苦にやむ    芭蕉

 鉄漿には鑑真和尚が伝えたという香登(かがと)の鉄漿というのが市販されていたが、これはかなり高価で庶民の使うものではなかったという。
 「むかしの栄耀」というのはそんな高価な鉄漿を使える身分だった頃の話であろう。
 二十七句目。

   むかしの栄耀今は苦にやむ
 市原にそこはかとなく行々子   芭蕉

 市原は京都の北側、鞍馬や貴船への入口になる。
 「行々子」はヨシキリの別名だという。声が大きく「仰々子」とも書く。「そこはかとなく」は「どこからともなく」という意味。
 田舎の行々子の騒がしい声を聞くにつれ、昔の雅な生活との落差に悲しくなる。
 あるいは行々子は田舎のオバサンの会話の比喩なのかもしれない。
 二十八句目。

   市原にそこはかとなく行々子
 神拝むには夜が尊い       野坡

 市原は鞍馬・貴船に近い。貴船神社の神様を拝むには、ヨシキリの声のない夜のほうがいい。次の月の定座を意識した展開か。
 貴船というと、

 物思へば沢の蛍もわが身より
     あくがれいづる魂かとぞ見る
                和泉式部(後拾遺集)

の歌もあり、夜の貴船は蛍の連想も働く。
 二十九句目。

   神拝むには夜が尊い
 月影に小挙仲間の誘つれ     野坡

 「小挙(こあげ)」はweblio辞書の「歴史民俗用語辞典」に、

 「船積荷物を陸揚げすること、陸揚げに従事する者。」

とある。
 港には常夜灯が灯り、陸揚げ作業は夜でも行われた。仕事が終ると月明

かりを頼りに夜の神社に連れ立って向かう。
 三十句目。

   月影に小挙仲間の誘つれ
 蕎麦うつ音を誉る肌寒      芭蕉

 元禄の頃に夜鷹蕎麦があったのかどうかはわからない。遊郭から帰る客を相手に蕎麦の屋台が出たというが、その走りのようなものがあったのかもしれない。

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