それでは「革足袋の」の巻の続き
二表、二十三句目。
親はそらにて鳥の巣ばなれ
うはばみは霞をのたる山の岫 雪柴
岫は「くき」とルビがある。「精選版 日本国語大辞典「岫」の解説」に、
「① 山の斜面やがけにあるほらあな。
※書紀(720)仲哀八年正月「皇后(きさいのみや)は別船にめして洞海〈洞、此には久岐(クキ)と云ふ〉より入りたまふ」
② 山頂。山の峰。〔新撰字鏡(898‐901頃)〕
[補注](1)「草くき」「かやくき」とともに動詞「くく」「たちくく」「とびくく」と関係づけて、「潜る」「漏れる」の意から「穴」をいうとされる。
(2)「岫」の字は、「説文」「爾雅」に「山有穴」とあって穴のある山の意であるが、「巖穴」をいうとの注もある。なお、「景行紀」「欽明紀」に見られる「峯岫」「巖岫」を古訓でミネクキ、イハクキと訓んでいる。」
とある。
大蛇から雛を守るために、親鳥が勇敢に立ち向かってゆく。前句の「巣ばなれ」を単に巣から離れることとする。
二十四句目。
うはばみは霞をのたる山の岫
鎌おつ取てはしる柴人 志計
大蛇が出たというので柴人が鎌をとって走って行く。
二十五句目。
鎌おつ取てはしる柴人
野境の言葉たたかひ事おはり 松意
柴刈る人にも縄張りがあるのだろう。境界線で言い争いになり、勝てないと見て鎌を持って走り去った。
二十六句目。
野境の言葉たたかひ事おはり
平家の方より塚をつく也 正友
「つく」は「築く」であろう。
境界線は落人や無縁仏などの墓所として用いられることもある。境界線が確定したなら、そこに平家の落人の塚を作る。
二十七句目。
平家の方より塚をつく也
庚申や九代の末にまつるらん 松臼
平家の落人の墓も、九代も経てしまえば誰の墓かもわからなくなり、いつの間にか庚申塔になっている。
二十八句目。
庚申や九代の末にまつるらん
無間の鐘にには鳥の声 一鉄
無間の鐘はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「無間の鐘」の解説」に、
「[一] 静岡県掛川市東山にあった曹洞宗の寺、観音寺にあった鐘。この鐘をつくと来世では無間地獄に落ちるが、この世では富豪になるという伝説があった。
※仮名草子・東海道名所記(1659‐61頃)二「其寺に無間(ムケン)の鐘(カネ)あり。二月の初の午の日、開帳ありといふ」
[二] 近世演劇の趣向の一つで、(一)になぞらえて手水鉢を打つ所作事(しょさごと)。享保年間(一七一六‐三六)、初代瀬川菊之丞が手水鉢を無間の鐘に見たてる趣向を初めてとり入れ、めりやす最古の曲「傾城無間の鐘」を生み、さらに、浄瑠璃「ひらがな盛衰記」の梅が枝の手水鉢の所作事として有名になった。
※咄本・鹿の子餠(1772)睾丸「切くちよりながるる血にまじり、無間(ムゲン)の鐘(カネ)の手水鉢のごとく吹出す水につれ」
とある。
庚申待は三尸の虫が閻魔様に罪を報告して地獄に落ちるのを防ぐため、三尸の虫が体から抜け出さないように夜通し起きている儀式で、無間の鐘を突いて無間地獄行が決定してしまうと意味がない。
八代までは地獄確定で、九代目から庚申待をするということか。
二十九句目。
無間の鐘にには鳥の声
別はの思ひや胸の火の車 在色
「別(わかれ)は」は別れ際のことか。「火の車」は火車でコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「火の車」の解説」に、
「① (「火車(かしゃ)」の訓読み) 地獄にあって火が燃えているという車。生前悪事を犯した者を乗せて地獄に運ぶという。
※今昔(1120頃か)一五「極楽の迎は不見えずして、本意无く火の車を此に寄す」
② 家計が非常に苦しいこと。生計のやりくりに苦しむこと。
※俳諧・俳諧世説(1785)三「夏酒や我とのり行火の車〈北枝〉」
とある。
無間の鐘は現世の快楽と来世の地獄との一種の等価交換で、快楽の夜の跡には別れという地獄の火車がやってくる。
三十句目。
別はの思ひや胸の火の車
なみだいくたびあげ屋の門を 卜尺
泣いているのは揚屋の門を去る男の方だった。
三十一句目。
なみだいくたびあげ屋の門を
またるるはそれか雪踏の音絶て 志計
雪踏は「せつた」で雪駄のこと。
客の来ない揚屋とする。
三十二句目。
またるるはそれか雪踏の音絶て
この文ひとつ犬こころせよ 一朝
犬が恐くて手紙が届けられないということか。せめてこの一通だけでも犬よ勘弁してくれ。
三十三句目。
この文ひとつ犬こころせよ
むば玉の夜ばひも夜討の手立あり 正友
むば玉は夜にかかる枕詞だが、ここでは夜這いに掛ける。
手立はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「手立」の解説」に、
「① 事を行なう順序。やり方。手段。方法。術。策略。〔色葉字類抄(1177‐81)〕
※太平記(14C後)三一「無勢に多勢勝たざらんやと、委細に手立を成敗して」
※読本・南総里見八犬伝(1814‐42)四「且(しばらく)この地を遠離(とおざか)らば、彼舵九郎が毒気を避(さく)る、これ究竟の便点(テダテ)ならずや」
② 細工を弄(ろう)すること。一時のがれの手段を講じること。また、その手段。方便。かけひき。
※仮名草子・都風俗鑑(1681)二「一重こして手だてをあみたてたるのは、大かたわが色にはきたるぞと思ふときは、しり目づかひ」
※洒落本・青楼五雁金(1788)「客に手段(テダテ)の透間なければ、遊婦(じょろう)に殺の手管あり」
とある。手管に近い意味になる。
夜這いにきて犬をいなすのは夜討の時と同じ方法がある。
三十四句目。
むば玉の夜ばひも夜討の手立あり
富士のすそ野に落すふんどし 雪柴
夜討というと夜討曽我で富士の巻狩りだが、ここでは富士の裾野の「裾」に掛けて褌をほどくとする。さあいざ、太刀を抜き放ち‥‥。
三十五句目。
富士のすそ野に落すふんどし
白妙の雪の夕月厄はらひ 一鉄
『新日本古典文学大系69 初期俳諧集』の注に、
「厄年に年の数だけの銭をふんどしに包んで落すと、災厄を逃れるという俗説があった。」
とある。
富士に白妙の雪は、
田子の浦に打ち出でてみれば白妙の
富士の高嶺に雪はふりつつ
山部赤人(新古今集)
の歌が百人一首でも知られている。月の定座だが打越に夜分があるので夕月とする。
三十六句目。
白妙の雪の夕月厄はらひ
煤をおさむる城の松風 松意
前句のはらひを煤払いに掛けて「煤をおさむる」とする。
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