2021年2月21日日曜日

  今日も昨日に続いて、やや距離を伸ばして散歩に出た。暖かかった。散歩には出ても飲食はしないようにしている。
 なお、鈴呂屋書庫の方に貞享二年六月の古式百韻興行、「涼しさの」の巻をアップしたのでよろしく。

 それでは「三冊子」の続き。

 「文章の事、師のいはく、惣名を文章といふ也。序に、由-序、來-序、丙-序といふ三體あり。由は起るよしを書、來は是より先の事を書、内はその書の内の事書也。此三體を一つにして序一ツにも書る也。跋は序を猶委しく云たる物也。ふみとまりて委しくするの心也。序跋ともに年號月を書。」(『去来抄・三冊子・旅寝論』潁原退蔵校訂、一九三九、岩波文庫p.92)

 これは俳書に記す序と跋の書き方になる。
 序の三体に何か出典があるのかどうかはよくわからない。由は由来を書く。来は抱負といっていいのか。内は内容の解説になる。
 芭蕉の『阿羅野』ノ序を例に取るなら、

 「尾陽蓬左、橿木堂主人荷兮子、集を編て名をあらのといふ。」

までが由、

 「何故に此名有事をしらず。予はるかにおもひやるに、ひとゝせ、此郷に旅寐せしおりおりの云捨、あつめて冬の日といふ。其日かげ相續て、春の日また世にかゝやかす。げにや衣更着、やよひの空のけしき、柳櫻の錦を争ひ、てふ鳥のをのがさまざまなる風情につきて、いさゝか實をそこなふものもあればにや。」

までが丙、残りの、

 「いといふのいとかすかなる心のはしの、有かなきかにたどりて、姫ゆりのなにゝもつかず、雲雀の大空にはなれて、無景のきはまりなき、道芝のみちしるべせむと、此野の原の野守とはなれるべらし。」

の部分が来になるのだろう。そして「序跋ともに年號月を書」とあるように、最後に、

 「元禄二年弥生」

と記す。
 ただ、俳書の序文がどれもこのような構成を持っているわけではない。
 其角の『猿蓑』の序は、

 「俳諧の集つくる事、古今にわたりて此道のおもて起べき時なれや。幻術の第一として、その句に魂の入ざれば、ゆめにゆめみるに似たるべし。久しく世にとゞまり、長く人にうつりて、不變の變をしらしむ。五徳はいふに及ばず、心をこらすべきたしなみなり。彼西行上人の、骨にて人を作りたてゝ、聲はわれたる笛を吹やうになん侍ると申されける。人に成て侍れども、五の聲のわかれざるは、反魂の法のをろそかに侍にや。さればたましゐの入たらば、アイウエヲよくひゞきて、いかならん吟聲も出ぬべし。」

までが来、

 「只俳諧に魂の入たらむにこそとて、我翁行脚のころ、伊賀越しける山中にて、猿に小蓑を着せて、俳諧の神を入たまひければ、たちまち断腸のおもひを叫びけむ、あたに懼るべき幻術なり。これを元として此集をつくりたて、猿みのとは名付申されける。是が序もその心をとり魂を合せて、去来凡兆のほしげなるにまかせて書。」

が由になる。

 「五字七字書は長哥の格也。七五三などゝ地の詞亂に書。あるひは對ある時は必對を置く。古事を置時は古事の對、野山、水邊、生類等おのおの對、同前也。詞書その書様和にならひなし。漢には其綾もある事と也。記は其物を記すの心。格は序跋に同じ。意の違のみ。銘は前に同じ。意の違のみ。賛はほむるの心也。即山吹に句をする時は、山吹をほめて賛也。山吹を褒美の義理也。惣而文章に書時、四五字四五字に書、大かたの格也。」(『去来抄・三冊子・旅寝論』潁原退蔵校訂、一九三九、岩波文庫p.92)

 「五字七字書は長哥の格也。七五三などゝ地の詞亂に書」は字数のことだろう。奇数律が軽く聞こえるのは二拍で刻んだ時に一拍分の余白が生じるからで、偶数率だと余白がなくなるので言葉が詰まって重く聞こえる。まら、七五を基調としてフレーズに時折八六の字余りがあると、そこで三連符が刻まれ、独特なフローを生み出す。
 実際の俳文を見ると、七五調というのはあまりない。
 『阿羅野』の序でいうなら、最初の「尾陽蓬左、橿木堂主人荷兮子、集を編て名をあらのといふ。」は偶数が多く重々しく始まる。続く「何故に此名有事をしらず。予はるかにおもひやるに」も五八三、五六と奇数偶数を交互に挟み、適度な重さを保っている。
 対を置くといのは『阿羅野』の序だと「柳櫻の錦を争ひ、てふ鳥のをのがさまざまなる風情につきて」「姫ゆりのなにゝもつかず、雲雀の大空にはなれて」がそれになる。
 「詞書その書様和にならひなし。漢には其綾もある事と也。」は句の前に添える文章で、

    贈洒堂
   湖水の礒を這出たる田螺一疋、芦間の蟹のは
   さみをおそれよ。牛にも馬にも踏まるゝ事な
   かれ
 難波津や田螺の蓋も冬ごもり    芭蕉

は和、

   題去来之嵯峨落柿舎二句
 豆植る畑も木べ屋も名処哉      凡兆

は漢になる。
 「記は其物を記すの心。」の記はコトバンクの「日本大百科全書(ニッポニカ)の解説」が詳しい。

 「文章の一体。本来、記には記録、記述などの意味があり、筋道たてた記述に重点を置く文体で、この名目の源流としては古く『周礼(しゅらい)』の「考工記」、『礼記(らいき)』の「学記」「楽記」などがあり、その後、漢(かん)代の司馬遷(しばせん)の『史記』、楊雄(ようゆう)の『蜀記(しょくき)』、六朝(りくちょう)時代に下って陶淵明(とうえんめい)の『桃花源記(とうかげんき)』などが有名である。『文選(もんぜん)』は古代から6世紀までの詩文を集めて、39種の文体に類別しているが、まだ文体としての「記」はない。唐代の中ごろ、8~9世紀に、韓愈(かんゆ)、柳宗元(りゅうそうげん)らの古文家によって盛んに書かれるようになり、意識的にこの文体が確立された。
 記の題材のおもなものは、(1)建造物 たとえば韓愈の「新たに滕王閣(とうおうかく)を修むる記」、曽鞏(そうきょう)の「宜黄県学の記」など、(2)山水遊覧 たとえば柳宗元の「黄渓に遊ぶ記」、蘇軾(そしょく)の「桓山(かんざん)に遊ぶ記」など、(3)書画・器物 たとえば韓愈の「画記」、欧陽修の「仁宗御飛白の記」など、であるが、こうした客観的な事柄の記述のなかに、作者の思想、感情が寓(ぐう)されているのはいうまでもない。(4)人間記録 たとえば王勔(おうべん)の『古鏡記』、元稹(げんしん)の『会真記(かいしんき)』など、この類の文語小説群も、本来は虚構としてでなく、事実の報道であるかのように意識されていたという。元(げん)代、明(みん)代に下ると、(5)小説・戯曲 たとえば『西遊記(さいゆうき)』『西廂記(せいしょうき)』『琵琶記(びわき)』などの題名へと拡大され、明代の戯曲を集めた『六十種曲』にも全部「記」が付けられている。[杉森正弥]」

 芭蕉の『幻住庵ノ記』『十八楼ノ記』や去来の『落柿舎ノ記』は(1)になる。「格は序跋に同じ。意の違のみ。」は文章の書き方は序跋と同じだが内容が違うということか。
 「銘は前に同じ。意の違のみ。」の銘はコトバンクの「世界大百科事典 第2版の解説」に、

 「中国の韻文の文体の一種。本来は鼎など日用の器物に彫りつけて,行動の戒めとすることばであった。《大学》に見える殷の湯王の〈盤銘〉などがそれである。多くの場合4字句から成り,偶数句で押韻する。のち石に刻んで人の功績を賞賛し記念する碑や,墓誌の韻文部分を指してまた〈銘〉と称するようになった。この種の銘は頌や賛に共通する性質を持つ。散文で述べられた意をうけて韻文で簡約にまとめるのである。銘文【興膳 宏】」

とある。日本ではコトバンクの「精選版 日本国語大辞典の解説」の、

 「① 金石、器物などに事物の功績をたたえ、来歴などをしるしたもの。漢文体のものは、各句の字数を同じにし、韻を踏んだもの。また、一般に、物に刻みしるした文。」

のことで、許六編の『風俗文選』に「銘類」があり、芭蕉の『机ノ銘』、嵐雪の『茶碗ノ銘』などがある。また、ここには、

   「座右ノ銘  芭蕉
 〇人の短をいふ事なかれ
  己が長をとく事なかれ
        銘に云ク
    〽ものいへばくちびるさむしあきのかぜ」

も収録されている。「座右の銘」という言葉は「@DIME」2020.09.10に「座右の銘は、古代中国の詩人であった崔瑗(さいえん)が記した、『座右銘』という文章が由来であるとされています。」とある。
 「賛はほむるの心也。即山吹に句をする時は、山吹をほめて賛也。山吹を褒美の義理也。」の賛はコトバンクの「ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説」に、

 「讃とも書く。漢文の文体の一種。人または事物を称揚する意味で,元来は神明に捧げる辞。絵画では画面の中に書かれた詩,歌,文をさす。中国画で書画一致の思想が発展するにつれて宋時代に完成し,これが日本に伝えられ,特に室町時代の頂相 (ちんぞう) や水墨画に盛んに行われた。画家自身が書くのを自賛,賛文を書くことを着賛,賛を求めることを請賛という。」

とある。『風俗文選』には「讃賛類」としてまとめられている。そのなかに、

   「西行上人ノ像讃  芭蕉
 〇すてはてゝ。身はなきものとおもへども。雪のふる日は。
     さふくこそあれ。花のふる日は。
     うかれこそすれ。」

の文がある。
 「惣而文章に書時、四五字四五字に書、大かたの格也。」というのはおそらく漢文で書く場合をいうのであろう。銘の所に「多くの場合4字句から成り」とあり、賛も中国のものは四字句から構成された。ただ、日本では漢文の字数には特にこだわってないようで、去来の兄、向井元端の『題芭蕉翁國分山幻住庵記之後』は、

 何世無陰士。以心隠為賢也。何處無山川。風景因人美也。
 間讀芭蕉翁幻住庵記。乃識其賢且知山川得其人而益美矣。
 可謂人与山川共相得焉。廼作鄙章一篇歌之曰。

といった文体になっている。

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