2021年2月3日水曜日

  今日は立春。
 ところでミャンマーだが、報道だといつも北部に住む少数民族のことが忘れられているという感じがする。ロヒンギャばかりが取り上げられるが、問題はそれだけではない。ミャンマーが多様な民族が上手く棲み分けできるような国になってほしいし、独立を望むならそれを支援してほしい。虐殺に手を染めた婆さんを救出するより、もっと長い目であの国の行く末を見守ってくれ。
 ワ族は名前からして日本人の遠い親戚である可能性もある。あの辺の他の民族もかつての江南系の文化を残していて、同じ長江文明の末裔として日本が手を差し伸べてもいいのではないか。

 それでは「あら何共なや」の巻の続き。挙句まで。

 名残裏。
 九十三句目。

   すは請人か芦の穂の声
 物の賭振舞にする天津雁      信徳

 芦に雁は「刈」と掛けることで縁語になる。
 振舞(ふるまい)はサイコロを振るに掛けていて、サイコロの目に恩恵を施す天津神となるところを前句の芦との縁で天津雁とする。恩恵を施してくれるのは天津神ならぬ天津雁が請人で、さっさと稼いで借金返せということなのか。天津雁は、天津「借り」でもある。
 九十四句目。

   物の賭振舞にする天津雁
 木鑵子の尻山の端の雲       桃青

 『校本芭蕉全集 第三巻』の注に、

 「『百物語』(万治二年刊)にある笑話。『やける』と言うと負けになる賭で、伽羅木の鑵子を炉にかけるという話をして」

とある。木でできた薬缶は火にかければ焼ける。山の端の雲の朝焼け夕焼けで焼ける。夕焼け空と天津雁は縁になる。
 この『百物語』についてはコトバンクの「日本大百科全書(ニッポニカ)の解説」に、

 「仮名草子(咄本(はなしぼん))。二巻二冊。編者未詳。1659年(万治2)刊。「百物語をすればかならずこはき物あらはれ出る」と聞いて百物語をしてみたが、太平の御代(みよ)に恐いものなどは現れぬと大笑いした、という序のもとに、100の笑話を集録した作品。宗鑑や一休、策彦(さくげん)、紹巴(じょうは)、宗祇(そうぎ)、貞徳などの著名人を登場させて読者の興をひく話、狂歌や付句(つけく)のおかしみをねらった話、落ちのおもしろさをねらった話などが雑纂(ざっさん)的に並列されているが、中世末から近世初頭の時代風潮を反映した話も少なくない。『きのふはけふの物語』や『醒睡笑(せいすいしょう)』ほどの影響力はもたないにしても、それらとともに、近世を通じて流行する笑話本の先駆けをなしたものとして注目される作品の一つである。[谷脇理史]
『武藤禎夫・岡雅彦編『噺本大系1』(1975・東京堂出版)』」

とある。
 本来の百物語は怪談だが、この『百物語』だけは違うようだ。
 九十五句目。

   木鑵子の尻山の端の雲
 人形の鍬の下より行嵐       信章

 『校本芭蕉全集 第三巻』の注に「祇園祭の郭巨山」とある。郭巨山(かっきょやま)は「京都 祇園祭 郭巨山公式ホームページ」に詳しく書かれている。後漢の郭巨は捨て子をしようとして鍬で穴を掘ったら黄金の釜が出てきたという。
 人形の持ち物だから本物の金の釜ではなく木で作られたまがい物。「山の端の雲」の縁で「行嵐」とする。
 九十六句目。

   人形の鍬の下より行嵐
 畠にかはる芝居さびしき      信徳

 仮説の芝居小屋は去って行って元の畠に戻る。人形劇は嵐のように去っていった。
 九十七句目。

   畠にかはる芝居さびしき
 この翁茶屋をする事七度迄     桃青

 『校本芭蕉全集 第三巻』の注に謡曲『白髭』の、

 「翁答へて申すやう、われ人寿、六十歳の初めより、この山の主として、この湖の七度まで、蘆原になりしをも、正に見たりし翁なり。」(野上豊一郎. 解註謡曲全集 全六巻合冊(補訂版) (Kindle の位置No.9255-9259). Yamatouta e books. Kindle 版.より)

の一節を引いている。
 本地垂迹に基づいた近江白髭神社の起源をテーマにした能で、蘆原中つ国に住む翁を描いた部分になる。仏法に帰依し白髭の神となる。
 句の方は翁を芝居が来るたびに芝居茶屋を七度やって、今は畠になったとする。
 九十八句目。

   この翁茶屋をする事七度迄
 住吉諸白砂ごしの海        信章

 諸白(もろはく)はウィキペディアに、

 「日本酒の醸造において、麹米と掛け米(蒸米)の両方に精白米を用いる製法の名。または、その製法で造られた透明度の高い酒、今日でいう清酒とほぼ等しい酒のこと。」

とある。住吉に寄せる白波を酒の諸白にして、高砂の翁が茶屋をする。
 九十九句目。

   住吉諸白砂ごしの海
 淡路潟かよひに花の香をとめて   信徳

 淡路島は住吉からすると大阪湾の向かい側にある。謡曲『淡路』にも、

 「われ宿願の仔細あるにより、住吉玉津島に参詣仕りて候。又よきついでにて候へ ば、これより淡路の国に渡り、神代の古跡をも一見せばやと存じ候。」(野上豊一郎. 解註謡曲全集 全六巻合冊(補訂版) (Kindle の位置No.3958-3964). Yamatouta e books. Kindle 版.より)

とある。
 挙句。

    淡路潟かよひに花の香をとめて
 神代このかたお出入の春      主筆

 前句の「かよひ」を通い帳のこととして、金銭の出入り盛んな春とする。神代より栄えるこの国を言祝いで一巻は目出度く終了する。

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