今日も木星と土星が見えた。土星がやや右側に離れ、乱視でも見やすくなった。
この前情報の真偽を保留しながら考える方法について、量子ビットの比喩で書いたが、あれは誰でも普通にやっていることだと思う。
文章を翻訳するときも、最初の単語に辞書でいくつか異なる訳語があると、次の単語やその次の単語を見て、その中で整合する意味の通る組み合わせを選んでいっていると思う。
句を解読するときも同じで、どの意味かを保留しながら全体を読んで、最終的に整合する意味を選択する。付け句の場合は前句と合わせて意味が通るかどうかが大事だし、それでよくわからないときは後句も参考にする。最初の単語で一つの意味を選んでしまうと身動きが取れなくなる。
自然科学の場合は仮説検証の繰り返しで、ある程度確実にわかっていることがあるので、それを前提にしてそこから積み重ねてゆくこともできるが、人文科学はえてして形而上学的独断に頼ることが多いので、最初の前提が不確実ならそこにいくら壮大な体系を築いても砂上の楼閣になる。
芭蕉研究も、正岡子規が自身の発明である写生説を芭蕉に仮託し、あたかも芭蕉が古池の句で写生説を確立したかのように言ったのをそのまま無批判に受け継いる。近代の芭蕉研究は写生説に合致しない句ををどう説明するかという言い訳の体系だといってもいい。
人間の知っていることに絶対はない。絶対でなくても人は考えて生きていかなくてはならない。だから誰でも真偽を保留しながら思考するのは普通のことで、そうやってわからないまま生きてゆくのが人生というものだ。
大事なのは自分で情報に整合性を持たせるということで、それである程度確信が持てるなら真偽が確定しなくてもネットで発信してっていいと思う。何でもかんでも白黒はっきりしろと言って、独断であれは偽情報だから発信するななんてことは、それこそ言論の自由をそこなうもので危険なやり方だ。
誰の意見だって絶対ではない。絶対に正しいものしか発信できないなら、すべての人間は沈黙するしかない。政府や党の最高指導者の言うことが絶対正しくてそれ以外は黙っていろというのは、即ち独裁政治である。
それでは、今日も不確定な情報に基づきながら「翁草」の巻を読み進めることにする。今日は挙句まで。
二裏。
三十一句目。
部屋にやしなふ籠の松虫
匂へとぞ鉢に植たる菊かりて 芭蕉
籠の松虫に鉢植えの菊。どちらも狭いところに閉じ込められている。
三十二句目。
匂へとぞ鉢に植たる菊かりて
母のいのちをちかふ初霜 重辰
九月九日重陽の日に飲む菊酒は不老長寿の仙薬とも言われる。
実際はそれほどでないにせよ、ウィキペディアによると、
「菊花を用いて、焼酎中に浸し、数日を経て煎沸し、甕中に収め貯え、氷糖を入れ数日にし成る。肥後侯之を四方に錢る 倶に謂ふ目を明にし頭病を癒し 風及婦人の血風を法ると」
とあり、母の長寿のために悪いものではなさそうだ。
前句の「菊かりて」はここでは「菊刈りて」になる。
心あてに折らばや折らむ初霜の
置き惑わせる白菊の花
凡河内躬恒(古今集)
も菊酒のために折ったのだと思うが、菊に初霜の付け合いはこの歌による。
三十三句目。
母のいのちをちかふ初霜
羊啼その暁のあさあらし 自笑
羊は古代には飼われていた記録があるが、江戸時代前期だと実際の羊はほとんど見ることがなかったのではないかと思う。
羊は漢詩にもあまり登場しないようで、この羊に何か出典があるのか、よくわからない。『詩経』の無名詩「敕勒歌」に「風吹草低見牛羊」という内蒙古の平原の風景を詠んだ詩句があるが、何かそういう異国情緒を狙ったのか。
ギシギシを意味する羊蹄は字が似ていなくもない。之道編『あめ子』に、
膝へ飛しは青蛙なり
羊蹄(やうてい)のあたりや風の吹ぬらん 鬼貫
の句があったが、漢方薬になるとはいっても皮膚病・腫物の薬なので母の命とはあまり関係なさそうだ。
『校本芭蕉全集 第三巻』の注は「羊を殺していけにえとする」とあるが、ヘブライ人じゃあるまいし、日本にそんな習慣があったとは思えない。
三十四句目。
羊啼その暁のあさあらし
外山の花の又夢に咲 知足
「外山(とやま)」はweblio辞書の「学研全訳古語辞典」に、
「人里に近い山。
出典古今集 神遊びのうた
「深山(みやま)には霰(あられ)降るらしとやまなるまさきの葛(かづら)色づきにけり」
[訳] 人里から遠く離れた山にはあられが降っているらしい。もう、人里近くの山にあるまさきの葛が、きれいに色づいてしまったよ。[反対語] 奥山(おくやま)・深山(みやま)。」
とある。
朝の嵐に桜も散ってしまったが、朝寝する夢の中ではまだ咲いている。
言わずと知れた孟浩然の『春暁』の「夜来風雨声 花落知多少」の心だ。
三十五句目。
外山の花の又夢に咲
日はながく雨のひらたに笘葺て 安信
「ひらた」は平田舟で、コトバンクの「デジタル大辞泉の解説」に、
「舟べりを低く舟底を平たくつくった丈長の川舟。上代から近世まで貨客の輸送に用いた。時代・地域により種類が多い。」
とある。
「苫(とま)」もコトバンクの「デジタル大辞泉の解説」に、
「菅(すげ)や茅(かや)などを粗く編んだむしろ。和船や家屋を覆って雨露をしのぐのに用いる。」
とある。苫を葺いた小屋を備えたものもあった。江戸時代の河川の水運で活躍した。
物流の滞ることなく、経済が繁栄し、外山に花も咲けば夢のような世界だ。
挙句。
日はながく雨のひらたに笘葺て
雁のなごりをまねくおのおの 菐言
帰って行く雁に名残惜しくて、戻っておいでとみんなで手招きしている。春よ行かないで、ということで一巻は目出度く終了する。
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