今日は朝は晴れていたが、昼に俄雨が降った。風が秋風でそれほど暑さを感じなかった。
沖縄のうるま市の病院クラスターの情報がかなり混乱している。64人という死者の数は短期間に出たものではない。七月に入ってからの全沖縄の死者がそれくらいなので、ワクチン接種以前の感染者が多く含まれているのは間違いない。
現在の沖縄では一日一人か二人くらいの死者しか出ていない。累計で246人。(八月十六日の時点)
ワクチンが効いてないかのような悪意ある印象操作がこのごろ多すぎる。
左翼の反ワクチン扇動。
1,ワクチンは効かないし有害だから打つべきではない。
2,ワクチンは効くが政府のワクチン接種は遅れている。
3,政府がワクチン接種を急ぎ過ぎて現場で混乱が生じている。
いわゆる鍋の論理。(3に関しては本当だと思うが。)
それでは「帷子は」の巻の続き、挙句まで。
二十五句目。
此あたたかさ明日はしぐれむ
夜あそびのふけて床とる坊主共 史邦
さんざん遊び歩いたお坊さんたち。今は良いけど明日は怖い?
二十六句目。
夜あそびのふけて床とる坊主共
百里そのまま船のきぬぎぬ 芭蕉
船饅頭のことか。ウィキペディアに、
「船饅頭(ふなまんじゅう)は、江戸時代に江戸の海辺で小舟で売春した私娼である。」
とあり、
「『洞房語園』には、
「いにし万治の頃か、一人のまんぢう、どらを打て、深川辺に落魄して船売女になじみ、己が名題をゆるしたり」
とある。
寛保ころの流行歌にもあり(『後は昔物語』)、宝暦の『風流志道軒伝』には、
「舟饅頭に餡もなく、夜鷹に羽根はなけれども」
とある。」
とある。
まあ、そのまま百里の彼方まで船で連れ去られるということはなかったと思うが。
二十七句目。
百里そのまま船のきぬぎぬ
引割し土佐材木のかたおもひ 岱水
土佐杉は船で上方や江戸に運ばれ、都市の造成に貢献してきた。
船で運ばれてきた木材はやがて切断加工され、それぞれの消費地へと向かう。引き裂かれた材木は再び会うこともない。
二十八句目。
引割し土佐材木のかたおもひ
よりもそはれぬ中は生かべ 史邦
切断された二本の材木の間には生かべが立ちふさがる。「中」は間という意味と「仲」とに掛ける。
「生かべ」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「生壁」の解説」に、
「① 塗りたてで、まだよく乾いていない壁。
※春日社記録‐中臣祐春記・弘安一〇年(1287)六月六日「移殿御壁近日塗之間、なまかべ也」
② 「なまかべいろ(生壁色)」の略。」
とある。
二十九句目。
よりもそはれぬ中は生かべ
云たほど跡に金なき月のくれ 芭蕉
お金がないとなると二人の仲も盤石ではない。生壁程度になる。
三十句目。
云たほど跡に金なき月のくれ
もらふをまちて鴫ののつぺい 岱水
のっぺい汁はウィキペディアに、
「原型は、寺の宿坊で余り野菜の煮込みに葛粉でとろ味をつけた普茶料理「雲片」を、実だくさんの澄まし汁に工夫したものという。精進料理が原型だが、現在では鶏肉や魚を加えることもある。」
とある。当時でも鴫や鴨を用いていた。延宝六年の「さぞな都」の巻二十六句目に、
鍋の尻入江の塩に気を付て
のつぺいうしと鴨のなく覧 信徳
の句がある。
金がないので鴫を貰ったらのっぺい汁を作ろうと、貰えるのを待っている。
二裏、三十一句目。
もらふをまちて鴫ののつぺい
摺鉢にうへて色付唐がらし 史邦
摺鉢で唐辛子をするのではなく、植木鉢にして唐辛子を植え、実ったらそれを薬味にし、鴫が貰えるのを待ってのっぺい汁にする。
育つかどうかわからない唐辛子に、貰えるかどうかわからない鴫。楽観主義者に燃えている。
三十二句目。
摺鉢にうへて色付唐がらし
障子かさぬる宿がえの船 芭蕉
宿がえは引っ越しのこと。障子もみんな持って行き、庭の唐辛子も摺鉢に植えて持って行く。引っ越した後には何も残らない。
三十三句目。
障子かさぬる宿がえの船
北南雪降雲のゆきわたり 岱水
前句の「障子かさぬる」を雪除けのためとしたか。
三十四句目。
北南雪降雲のゆきわたり
二夜三日の終るあかつき 史邦
二晩三日にかけて雪が続いた後、ようやく雪が止み晴れる。辺りは大雪ですっかり景色が変わっていることだろう。
三十五句目。
二夜三日の終るあかつき
考てよし野参のはなざかり 岱水
吉野参りに行こうかどうか三日二晩悩みに悩んだが、やはり花盛りを見ると来て良かったという所だろう。「何々したあかつきには」というように、「あかつき」には「後で、結果」という意味がある。
挙句。
考てよし野参のはなざかり
百姓やすむ苗代の隙 芭蕉
百姓も苗代を作れば、田植までの間暇なので吉野へ花見に行く。
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