「早苗舟」の巻の続き。
三十一句目。
くばり納豆を仕込広庭
瘧日をまぎらかせども待ごころ 利牛
「瘧(おこり)」はマラリアのことで、「わらはやみ」ともいう。周期的に熱が出るので、熱の出る日を「瘧日(おこりび)」という。
「まぎらかす」は「まぎらわす」に同じ。「わらわす」を「わらかす」と言うようなもの。
前句を寺と見て、『源氏物語』の若紫巻の、源氏の君が北山のなにがしでらを尋ねる場面を連想したのだろう。
三十二句目。
瘧日をまぎらかせども待ごころ
藤ですげたる下駄の重たき 野坡
「すげる」は下駄の鼻緒を通すことをいう。藤の鼻緒というのは、当時はどうだったのか。ウィキペディアの「下駄」の所には、「緒の材質は様々で、古くは麻、棕櫚、稲藁、竹の皮、蔓、革などを用い、多くの場合これを布で覆って仕上げた。」とあるから藤の蔓も用いられていたのだろう。他の材質に較べて重かったのか。
「瘧日をまぎらかす」というので、田舎での療養として、藤の鼻緒の原始的な下駄を出したのかもしれない。
三十三句目。
藤ですげたる下駄の重たき
つれあひの名をいやしげに呼まはり 孤屋
富士の下駄を履いている人の位であろう。女房の名を賤しげに呼びまわる。
三十四句目。
つれあひの名をいやしげに呼まはり
となりの裏の遠き井の本 利牛
農村の風景だろう。隣といっても離れているし、その裏の井戸はさらに遠い。
三十五句目。
となりの裏の遠き井の本
くれの月横に負来る古柱 野坡
中国の伝説では月には桂の木があるという。ただ、ここは田舎なので、桂ではなく古くなった柱を背負ってくる男がいるだけだ。
三十六句目。
くれの月横に負来る古柱
ずいきの長のあまるこつてい 孤屋
ずいきはサトイモやハスイモなどの葉柄で食用になる。名月といえば里芋を供えるもので、芋名月とも呼ばれるが、ここでは芋ではなく芋柄。
「こつてい」は特牛という字を書き、weblio辞書の「三省堂 大辞林 第三版」に、
「こというし(特牛)」に同じ。 「ずいきの長(たけ)の余る-(孤屋)/炭俵」
とある。「こというし」は、
「強く大きな牡牛(おうし)。こといのうし。ことい。こってい。こっていうし。こってうし。こっとい。 「 -程なる黒犬なるを/浮世草子・永代蔵 2」
とある。
さすがに牛の体長より長いということではあるまい。牛の背中に積んだときに、横に大きくはみ出すということだろう。古柱のように見えたのは束ねたずいきだった。
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