2020年7月6日月曜日

 「早苗舟」の巻の続き。

 三十一句目。

   くばり納豆を仕込広庭
 瘧日をまぎらかせども待ごころ   利牛

 「瘧(おこり)」はマラリアのことで、「わらはやみ」ともいう。周期的に熱が出るので、熱の出る日を「瘧日(おこりび)」という。
 「まぎらかす」は「まぎらわす」に同じ。「わらわす」を「わらかす」と言うようなもの。
 前句を寺と見て、『源氏物語』の若紫巻の、源氏の君が北山のなにがしでらを尋ねる場面を連想したのだろう。
 三十二句目。

   瘧日をまぎらかせども待ごころ
 藤ですげたる下駄の重たき     野坡

 「すげる」は下駄の鼻緒を通すことをいう。藤の鼻緒というのは、当時はどうだったのか。ウィキペディアの「下駄」の所には、「緒の材質は様々で、古くは麻、棕櫚、稲藁、竹の皮、蔓、革などを用い、多くの場合これを布で覆って仕上げた。」とあるから藤の蔓も用いられていたのだろう。他の材質に較べて重かったのか。
 「瘧日をまぎらかす」というので、田舎での療養として、藤の鼻緒の原始的な下駄を出したのかもしれない。
 三十三句目。

   藤ですげたる下駄の重たき
 つれあひの名をいやしげに呼まはり 孤屋

 富士の下駄を履いている人の位であろう。女房の名を賤しげに呼びまわる。
 三十四句目。

   つれあひの名をいやしげに呼まはり
 となりの裏の遠き井の本      利牛

 農村の風景だろう。隣といっても離れているし、その裏の井戸はさらに遠い。
 三十五句目。

   となりの裏の遠き井の本
 くれの月横に負来る古柱      野坡

 中国の伝説では月には桂の木があるという。ただ、ここは田舎なので、桂ではなく古くなった柱を背負ってくる男がいるだけだ。
 三十六句目。

   くれの月横に負来る古柱
 ずいきの長のあまるこつてい    孤屋

 ずいきはサトイモやハスイモなどの葉柄で食用になる。名月といえば里芋を供えるもので、芋名月とも呼ばれるが、ここでは芋ではなく芋柄。
 「こつてい」は特牛という字を書き、weblio辞書の「三省堂 大辞林 第三版」に、

 「こというし(特牛)」に同じ。 「ずいきの長(たけ)の余る-(孤屋)/炭俵」

とある。「こというし」は、

 「強く大きな牡牛(おうし)。こといのうし。ことい。こってい。こっていうし。こってうし。こっとい。 「 -程なる黒犬なるを/浮世草子・永代蔵 2」

とある。
 さすがに牛の体長より長いということではあるまい。牛の背中に積んだときに、横に大きくはみ出すということだろう。古柱のように見えたのは束ねたずいきだった。

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