2020年7月3日金曜日

 「早苗舟」の巻の続き。

 十七句目。

   只綺麗さに口すすぐ水
 近江路のうらの詞を聞初て     野坡

 近江の浦に占いの「うら」を掛けたものであろう。近江の浦は「只綺麗」で、神社での「占い」に「口すすぐ水」となる。
 さらには近江八景と八卦を掛けているのかもしれない。
 十八句目。

   近江路のうらの詞を聞初て
 天気の相よ三か月の照       孤屋

 占いの詞から天気の状態をあえて「相」と言う。琵琶湖の上に三日月が輝く。
 十九句目。

   天気の相よ三か月の照
 生ながら直に打込ひしこ漬     利牛

 ひしこ漬けはへしこ漬けとも呼ばれ若狭地方の名物になっている。今は鯖や鰒や大きな鰯なども用い、塩漬けにした後糠漬けにするが、曲亭馬琴編の『増補 俳諧歳時記栞草』には、

 「[和漢三才図会]一二寸ばかりの小鰯を用て醢(あつもの)とす。造法、鮮鰯一升、洗はずして塩三合和し、三日にして後、石を以これを圧す。或は同く茄子・生薑・穂蓼・番椒等漬るも又佳也。鯷の字未詳。[本朝食鑑]鯷(ひしこ)は小鰯なり。」

とある。
 昔は小鰯を塩で漬けるだけで糠漬けではなかったようだ。
 小さな鰯は三日月に似てるし、三日漬けるところも三日月に通じる。
 二十句目。

   生ながら直に打込ひしこ漬
 椋の実落る屋ねくさる也      野坡

 椋の木は大木になり、秋に実をつける。大量に屋根に落ちた椋の実は椋鳥も食べきれずに屋根の上で腐ってゆく。
 生きながら塩漬けになる小鰯に屋根の上で腐る椋の実が響きで付く。
 二十一句目。

   椋の実落る屋ねくさる也
 帯売の戻り連立花ぐもり      孤屋

 帯売りは中世の『七十一番職人歌合』にも登場する。女性の職業だった。
 「花ぐもり」は今では桜の季節の曇り空のことだが、曲亭馬琴編の『増補 俳諧歳時記栞草』には、

 「[陸放翁天彭牡丹記]半晴半陰謂之花曇、養花天同之。」

とある。陸放翁は陸游のことで、『天彭牡丹譜』の「風俗記第三」に、「最喜陰晴相半,時謂之養花天。」とある。
 以前に帯を売りに行った家を訪ねてみると、椋の実にすっかり屋根が腐っていて荒れ果てていたので戻ってきたということか。花の季節なのに、どこかもやもやとした気持ちになる。
 二十二句目。

   帯売の戻り連立花ぐもり
 御影供ごろの人のそはつく     利牛

 「御影供(みえいく)」はコトバンクの「ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説」に、

 「仏教儀式名。「みえいく」とも読む。祖師の命日に,その図像 (御影) を掲げて供養する法会 (ほうえ) 。代表的なものに真言宗祖弘法大師御影供があり,毎月 21日に行う法会を「月並御影供」,3月 21日の法会を「正 (しょう) 御影供」という。天台宗には天台大師・伝教大師・慈覚大師・慈恵大師・智証大師の五大師御影供がある。なお,宗派により同種の行事を報恩講,あるいは会式 (えしき) ,御忌会 (ぎょきえ) などと称する。」

とある。旧暦三月二十一日頃は桜の季節でもあり、花見の席で着飾るための帯を求めたりして、それを当て込んだ帯売りも稼ぎ時で忙しくなる。

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