昨日の二十四句目の作者「梨水」と書いてしまったが、芭蕉の間違いで、訂正しました。
それでは「有難や」の巻の続き。梨水の機転でローカルな展開に。
二十五句目。
妻恋するか山犬の声
薄雪は橡の枯葉の上寒く 梨水
橡(とち)は東北に多い。橡の実は食用になるし、木材は硬くて木目が美しいので家具や椀に用いられる。また樹齢千年の巨木にもなる。『炭俵』の「早苗舟」の巻八十句目に、
大水のあげくに畑の砂のけて
何年菩提しれぬ栃の木 孤屋
の句もある。
山の古木にうっすらと雪が積もると冬の始まりで、やがて雪に閉ざされる季節がくる。この場合の山犬はニホンオオカミかもしれない。
二十六句目。
薄雪は橡の枯葉の上寒く
湯の香に曇るあさ日淋しき 露丸
前句に刺激されて地元愛に目覚めたか。羽黒の冬の訪れに温泉の湯気に曇る朝日を付ける。雪見の朝風呂でも朝日が曇っていると寂しいか。
二十七句目。
湯の香に曇るあさ日淋しき
鼯の音を狩宿に矢を矧て 釣雪
鼯は「むささび」と読む。ムササビは夜行性で夜鳴く。その声を聴きながら狩人(マタギの人か)は矢を作り、早朝に狩に出るが、温泉の煙で視界は良くない。
二十八句目。
鼯の音を狩宿に矢を矧て
篠かけしほる夜終の法 圓入
「篠」は「すず」と読む。「篠懸け」はweblio辞書の「学研全訳古語辞典」に、
「修験者(しゆげんじや)が衣の上に着る麻製の法衣。「素襖(すあを)」と似た形に作る。◆深山の「篠(すず)」の露を防ぐために着ることから。」
とある。「しほる」は「しをる」で濡れること。マタギはムササビの声に矢を作り、山伏は夜すがら修行する。向かえ付け。
二十九句目。
篠かけしほる夜終の法
月山の嵐の風ぞ骨にしむ 曾良
月の定座だがここでは地名の月山を出す。真如の月にちなんだその名だが、修験者には過酷な嵐となることもある。
三十句目。
月山の嵐の風ぞ骨にしむ
鍛冶が火残す稲づまのかげ 梨水
月山といえば山頂付近に鍛冶小屋があり、芭蕉と曾良は見てきたばかりだった。前句の嵐を受けて稲妻の光る中で鍛冶屋が作業を終え、火だけが灯っている。
0 件のコメント:
コメントを投稿