2020年10月14日水曜日

 「安々と」の巻の続き。挙句まで。

 二裏。
 三十一句目。

   粟ひる糠の夕さびしき
 片輪なる子はあはれさに捨のこし 路通

 前句の「簸(ひ)る」、つまり篩い分けるというところから、子の口減らし、間引きへと展開させる。こういう当時にあっても極度の貧困に属するようなネタは、乞食路通と言われた人ならではの発想だろう。
 江戸時代にあっては都市文化が発達したとはいえ、消費の多くはまだ売春がらみの芝居、湯屋、遊郭などが中心で、貧しい家では娘をそういうところに売ることも珍しくはなかったのだろう。ひどい話ではあるが、口減らしで殺してしまうよりはたとえ下級遊女になってでも生き延びてくれればという、その辺りの究極の選択も理解しなくてはならない。
 健康な子供は働ける限りどこかへ売ってしまったのだろう。障害のある子供だけが家に残る。
 三十二句目。

   片輪なる子はあはれさに捨のこし
 身ほそき太刀のそる方を見よ  重成

 片輪には未熟という意味もある。未熟な鍛冶の子の打った太刀でも親としては捨てがたいもの。
 江戸時代は打刀が主流で、大きく反り返った太刀は平安、鎌倉などの古い時代に多い。
 三十三句目。

   身ほそき太刀のそる方を見よ
 長椽に銀土器を打くだき    柳沅

 「椽」は垂木のことで音は「てん」だから、「えん」と読むのであれば「縁」、つまり縁側のことだろう。「銀土器(ぎんかわらけ)」は銀泥の磁器のことか。縁側に落として割ってしまったのだろう。
 松の廊下はもっと後のことだが、縁側で喧嘩でもして、刀も室内で降れば柱か梁にぶつけて反ってしまうし、土器も縁側に打ち付けられて割れるし、良いことは何もない。『去来抄』では響き付けの例として挙げられている。打てば響くような付けということか。
 柳沅はこの一句のみだが、みんなが付けあぐねているときにこの句を言い出して、芭蕉も思わずこれだと思ったのだろう。
 三十四句目。

   長椽に銀土器を打くだき
 蜀魂啼て夜は明にけり     成秀

 「蜀魂」はホトトギスのこと。ウィキペディアには、

 「ホトトギスの異称のうち「杜宇」「蜀魂」「不如帰」は、中国の故事や伝説にもとづく。長江流域に蜀という傾いた国(秦以前にあった古蜀)があり、そこに杜宇という男が現れ、農耕を指導して蜀を再興し帝王となり「望帝」と呼ばれた。後に、長江の氾濫を治めるのを得意とする男に帝位を譲り、望帝のほうは山中に隠棲した。望帝杜宇は死ぬと、その霊魂はホトトギスに化身し、農耕を始める季節が来るとそれを民に告げるため、杜宇の化身のホトトギスは鋭く鳴くようになったと言う。」

とある。
 前句をホトトギスを待ちながらの酒宴としたのだろう。うとうとして盃を割ってはっと目が覚めると夜明けの空にホトトギスの声が聞こえる。
 三十五句目。

   蜀魂啼て夜は明にけり
 職人の品あらはせる花の陰   絃五

 絃五も初登場だが花の定座を務める。多分居合わせた偉い人なのだろう。
 市場の夜明けであろう。露店には職人の様々な品が薄明かりの中でようやくはっきり見えるようになる。
 挙句。

   職人の品あらはせる花の陰
 南おもてにめぐむ若草     葦香

 職人の工房の昼の景色になり、庭には桜が咲き若草が萌え出る。

0 件のコメント:

コメントを投稿