「月見する」の巻の続き。
二十五句目。
暑気によはる水無月の蚊屋
蜩の声つくしたる玄関番 芭蕉
ヒグラシは秋の季語になっているが、夏の他の蝉が鳴く頃から鳴き始める。水無月の暑い盛りでも日が暮れる頃にはヒグラシが鳴き、夏バテの玄関番もこの声が聞こえる頃には生き返った気分になるのかな?かな?
二十六句目。
蜩の声つくしたる玄関番
高宮ねぎる盆も来にけり 尚白
「高宮(たかみや)」は『校本芭蕉全集 第四巻』(小宮豐隆監修、宮本三郎校注、一九六四、角川書店)の宮本注に、「近江国高宮から産した荒い麻布」とある。コトバンクの麻宮布の「精選版 日本国語大辞典の解説」には、
「〘名〙 滋賀県彦根市高宮付近で産出される麻織物。奈良晒(ならざらし)の影響を受けてはじめられ、近世に広く用いられた。高宮。〔俳諧・毛吹草(1638)〕」
とある。
近江上布とも呼ばれ、上布はウィキペディアに、
「細い麻糸(大麻と苧麻)を平織りしてできる上等な麻布。過去に幕府などへ献上、上納された。縞や絣模様が多く、夏用和服に使われる。」
とある。玄関番のようなぴしっとした格好をする人には夏の必需品だったのだろう。
盆の頃になるとこれから涼しくなるというので売れなくなるから、そのころ合いを見計らって値切って買い、来年用にする。位付け。
二十七句目。
高宮ねぎる盆も来にけり
薏苡仁に粟の葉向の風たちて 芭蕉
「薏苡仁」は漢方薬の「よくいにん」で、ハトムギの種皮を除いた種子を原料とする。そのため「はとむぎ」と読む場合もあるが、ここでは「すすだま(数珠玉)」のことらしい。ウィキペディアには、
「ハトムギ(鳩麦、学名:Coix lacryma-jobi var. ma-yuen)はイネ科ジュズダマ属の穀物。ジュズダマとは近縁種で、栽培化によって生じた変種である。ハトムギ粒のデンプンは糯性であり、ジュズダマは粳性である。
アジアでは主食やハトムギ茶など食品として、成分の薏苡仁(ヨクイニン)は生薬として利用されている。」
とある。
ハトムギは夏作穀類なので、粟と同様秋に収穫する。ここで粟と並べられている以上、「すすだま」と読むにしても実質は栽培されているハトムギのことではないかと思う。
「葉向(はむけ)」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典の解説」に、
「〘名〙 風などが草木の葉を一方になびかせること。また、そのなびいた葉叢。
※出観集(1170‐75頃)秋「野辺近き荻のはむけはくらけれど月にかへつる風哀なり」
とある。
ハトムギや粟が背高く伸びて秋風に一斉になびく頃にはお盆になる。
二十八句目。
薏苡仁に粟の葉向の風たちて
随分ほそき小の三日月 尚白
ハトムギや粟のような雑穀の貧しい感じに細い貧相な三日月を付けるという響き付けになる。
旧暦にも三十日まである大の月と二十九日で終わる小の月とがある。朔(月と太陽の視黄経が等しくなること)になる日を朔日とし、朔日と次の朔日との間が二十九日しかない場合は小の月となる。
貞享元年に渋川春海(二世安井算哲)が改暦した時に中国と日本との時差を考慮し、日本時間で朔になる日を朔日としたため、たとえば日本で午前一時に朔になる場合、中国では午後十二時になる。そのため中国を基本にした暦では晦日でも、貞享暦では朔日になるという一日のずれが生じる場合が出てきた。そのためそれまでは二日の月だったものが三日月になる場合も生じた。
このずれは多分当時の人の間でも話題になったのだろう。尚白の句だけでなく、
木枯しに二日の月の吹き散るか 荷兮
の句も、従来の朔日が二日になったため、月のない二日が生じたという意味ではなかったかと思う。
二十九句目。
随分ほそき小の三日月
たかとりの城にのぼれば一里半 芭蕉
奈良の高取藩の藩庁である高取城は日本三大山城の一つで、ウィキペディアによれば、
「城は、高取町市街から4キロメートル程南東にある、標高583メートル、比高350メートルの高取山山上に築かれた山城である。山上に白漆喰塗りの天守や櫓が29棟建て並べられ、城下町より望む姿は「巽高取雪かと見れば、雪ではござらぬ土佐の城」と歌われた。なお、土佐とは高取の旧名である。
曲輪の連なった連郭式の山城で、城内の面積は約10,000平方メートル、周囲は約3キロメートル、城郭全域の総面積約60,000平方メートル、周囲約30キロメートルに及ぶ。」
という。周囲三十キロだと直径十キロ弱で、まあ門から城の中心まで一里半というのは誇張ではなさそうだ。たどり着く頃には日が暮れてしまう。
三十句目。
たかとりの城にのぼれば一里半
さても鳴たるほととぎすかな 尚白
山だからホトトギスも鳴く。
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