今日は暖かかった。人通りも多い。街を行く人は特にみんなマスクを付けているというわけではなく半々だ。
暖かくなる頃にはコロナも収まるなんて言われていたけど、その兆候は見えない。専門家会議が二月二十四日に「1~2週間が感染拡大か収束に向かうかの瀬戸際」だなんていっていたけど、その二週間が過ぎた。
専門家の予測が外れたのは、専門家ならではの過去の経験に囚われてしまったからだろう。過去に研究してきた様々なインフルエンザウィルスやコロナウィルスからの類推で、ウィルスは高温多湿に弱いから今回もそうであって欲しいという希望的観測があったのではないか。
私などは素人だからウィルスの常識は知らない。ただ、武漢のことがネットで話題になるにつれて、何かただ事ではないとんでもないことが起こり始めているのではないのかという感じがした。その予感は的中しつつある。
春になると収まるという説も、ネット上では東南アジアでも感染が広がっているから無理だ、というのが大方の声だった。
日本は政府が中国人観光客や習近平国賓来日やオリンピック開催ばかりを気にして、ウィルスを専門家任せにしてみくびってしまったため、対策が後手後手に回ってしまったが、それにしては未だに感染者も少なく、死者は昨日の時点で七名。
日本人の異様なまでの潔癖症が功を奏しているのか、それとも握手やハグの文化がないことで日常的な濃厚接触が少ないからか(「近い」というのを嫌う)。検査が少ないとしても、発病すれば何らかの形で発覚するだろう。
いつまでこのまま平穏な日常が続くのか。桜の季節までは続いて欲しい。
それでは「口まねや」の巻の続き。
三裏。
六十五句目。
菜つみ水汲薪わる寺
児達を申入ては風呂あがり 宗因
お寺といえば児(ちご)。
「申入(まうしいり)て」は招待するということ。アニメで言えば温泉回か。
六十六句目。
児達を申入ては風呂あがり
櫛箱もてこひ伽羅筥もてこひ 宗因
風呂上りだから髪を整えるので、「櫛箱持って来い」となる。
同様に「伽羅箱」も持って来いというわけだが、中村注によると、ここで言う伽羅は香木ではなく伽羅の油だという。
「伽羅の油」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典の解説」に、
「鬢(びん)付け油の一種。胡麻油に生蝋(きろう)、丁子(ちょうじ)を加えて練ったもの。近世初期に京都室町の髭(ひげ)の久吉が売り始めた。
※俳諧・玉海集(1656)一「薫れるは伽羅の油かはなの露〈良俊〉」
※浮世草子・世間娘容気(1717)一「いにしへは女の伽羅(キャラ)の油をつくるといふは、遊女の外稀なる事成しを」
とある。
六十七句目。
櫛箱もてこひ伽羅筥もてこひ
芦の屋の灘へ遊びに都衆 宗因
中村注は、『伊勢物語』第八十七段を引用している。
「むかし、男、津の国、莵原の郡、蘆屋の里に、しるよしして、行きて住みけり。むかしの歌に、
蘆の屋の灘の塩焼きいとまなみ
黄楊の小櫛もささず来にけり
とよみけるぞ、この里をよみける。ここをなむ、蘆屋の灘とはいひける。この男、なま宮仕へしければ、それを頼りにて、衛府の佐ども集まり来にけり。この男の兄も衛府の督なりけり。その家の前の海のほとりに遊びありきて(下略)」
芦屋は大阪と神戸の間にあり高級住宅地として知られている。灘は芦屋に隣接する神戸市の東側で、東灘区にある灘中、灘高は名門進学校としても有名だ。
ただ、昔は西宮市から灘区にかけての広い地域を「灘」と言っていたという。藻塩焼く長閑な里で、櫛もささずにぼさぼさの頭で来るようなところだった。
六十八句目。
芦の屋の灘へ遊びに都衆
ひとつ塩干やむはら住吉 宗因
「塩干(しほひ)」は潮干狩りのこと。「むはら住吉」は摂津国菟原郡の本住吉神社のことで、都の衆が「ここはひとつ潮干狩りに菟原住吉にでも行ってみるか」と言って遊び歩くことになる。
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