『俳諧問答』の続き。
「来書曰、一句ふつつかなりとミゆれども、さび・しほり自備て、あはれなる句もあり。
九、去来曰、雅兄の言たがはず。凡俳諧ハ、ふつつかなる句もいとふべからず。ただ拙き句・古き句をいとへり。
師の句をうかがふに、厳なるものあり、やさしき物あり、狂賢なる物有、実体なるもの有、深遠なる有、平為なる者、健なる有、あハれなるもの有、ふつつかなる物有、うるハしき物あり。猶千姿万体ありといへども、さび・しほり有ラざる句ハまれ也。
阿兄、先師の句を以てかんがミたまへ。此趣向・詞・器のさびしきと憐によらざる証なり。」(『俳諧問答』横澤三郎校注、一九五四、岩波文庫p.48)
「ふつつか」というのは本来「太束」から来た言葉で、太くて丈夫という意味があった。その意味では「細み」の反対なのかもしれない。
今日では「ふつつか」は細かな配慮を欠いた、気が利かないというような意味だが、「ふつつかなる句」はむしろ朴訥な句という意味ではないかと思う。それだったら芭蕉の句にもあるかもしれない。ただ、芭蕉は高度な技術が意識せずとも自然に出てしまうため、本当に朴訥な句というのはないかもしれない。
まあ、子供が詠んだような素朴な句は別に排除すべきものではない。下手な句や古い句はあるが、とは言っても、後に惟然が、
梅の花あかいハあかいハあかいハな 惟然
といった句を詠むようになると、去来は『去来抄』「同門評」に、
「去来曰、惟然坊が今の風大かた是類也。是等ハ句とハ見えず。」(岩
波文庫『去来抄・三冊子・旅寝論』P,46~47)
と書くことになる。
この句は一見無造作なようで、梅の花に見る春の訪れの喜びを見事に表現していて、本意本情を踏み外すものではない。もっとも「基」からははずれるが。梅の花の喜びの裏に厳しい冬の寒さが隠されているとすれば、さび・しほりもないとは言えない。
芭蕉の句に「狂賢なる物有」の「狂賢」は、『去来抄』「同門評」の、「玉祭うまれぬ先の父こひし 甘泉」の句のところにある「凡ほ句を吟ずるに、意(こころ)は無常狂狷(きゃうけん)境にも遊ぶべし。」(岩波文庫『去来抄・三冊子・旅寝論』P,40)の「狂狷」のことか。
これは『論語』「子路」の、「子曰、不得中行而與之、必也狂狷乎、狂者進取、狷者有所不爲也。」から来た言葉だという。ただ、これは狂と狷を対比した言葉で、いずれにせよ中庸ではない、極端な人のことをいう。無常狂狷は世間の道を逸脱した風狂の僧ということか。
「実体」はこの場合「じってい」で、コトバンクの「デジタル大辞泉の解説」には、
[名・形動]まじめで正直なこと。また、そのさま。実直。
「見たところ―な感心な青年(わかもの)であった」〈独歩・正直者〉
とある。
「猶千姿万体ありといへども、さび・しほり有ラざる句ハまれ也。」というのは、少なからず時間の経過による衰え、風化、死といったものを暗示させる言葉が多いことによるものであろう。
芭蕉の句はどこか「死(タナトス)」が隠し味になっている。これは蕪村の「性(エロス)」と対比される。
「来書曰、又予が年漸(やうやう)四十二、血気いまだおとろへず。尤句のふり、花やかに見ゆらん。
十、去来曰、阿兄の言愛すべし。然ども、阿兄漸く老の名を得たまへり。その句にさび・しほり有らんに、人応ぜずといふべからず。雅兄の作、已に蕉門に秀たり。句、さび・しほりをおもハんに、人すぎたりとせじ。」(『俳諧問答』横澤三郎校注、一九五四、岩波文庫p.48)
この部分は、許六の謙遜に対し、そんなことはありませんという社交辞令の部分。
0 件のコメント:
コメントを投稿