少子化というのは基本的には過密に対する自然な反応で、それが結果的に個体数調整に繋がることで生存を有利にするため、進化した行動なんだろうと思う。
ネズミなどの単純な動物だと、しばしば過密は共食いになる。
多くの動物は自分のテリトリーを守って、侵入者を排除することで過密を避けている。ただ、餌が極度に一か所に集中する状態が生じると、やはり過密は生まれる。高崎山の猿のように。ただ、共食いには至らず、食糧が不足すれば自然にテリトリーを拡げて、ライバルを追い出して行く。それは力関係で決まる。
動物の世界は単純な個と個の力関係で決まるんで分かり易い。そこには多少の知力も関係するが、基本的には体力が物を言う世界だ。体力差で食べ物の権利やテリトリーなどの権利が自然に生じ、それがいわゆる順位制社会になる。
人間の場合、複数個体が連合して戦うことで体力差をひっくり返せることと、武器の使用でもそれをひっくり返せるということで、出る杭は打たれるがごとく、力を誇示することがマイナスになるため、一見平等社会に見えるが、人間の場合も体力の差は馬鹿にならない。
男尊女卑は基本的には体力差で自然に生じたんじゃないかと思うし、長幼の序列も体力差で幼少期に刷り込まれたものではないかと思う。
人口の調整は強者へは向かわず、弱者から間引かれる。まず手っ取り早いのは捨て子であり、その次に女児をいけにえに捧げ、そして少年から青年への移行期に儀礼的な殺し合いをさせて調節する。これは多くの未開社会に見られることだった。
この儀礼的な殺し合いが、やがて大きな部族集団を形成する頃から、戦争の常態化へと移行していった。
日本の江戸時代の平和も常態化した捨て子によって支えられていたと言って良いかもしれない。人口比率に偏りがあって男が異常に多かったのも、単に男が都市部に集まるというだけでなく、男尊女卑に従って女児から間引かれた疑いがある。
近代の人権思想は、こうしたものを野蛮ということで退けたため、近代化初期の段階では人口爆発が生じ、マルサスが指摘したような状況が生じた。
人口爆発は侵略戦争を常態化させ、やがて二つの世界大戦にまで発展した。
この第二次大戦の少し前あたりから、ヨーロッパ社会で少子化が始まった。日本に波及するのは戦後になってからだった。
人権思想は親の幸福追求権の名のもとに、子供に親の生活を邪魔しないように過度な躾を行うようになった。親の生活にとって、子供は邪魔と見なされるようになり、子供部屋に閉じ込められて孤独を強いられ、早い自立が求められるようになった。学校制度もまた子供を親元から引き離す装置として機能した。
かつて子供は宝だったが、近代化に伴って子供は親にとっての枷とみなされるようになった。それが、医療技術の発達で乳幼児死亡率が減少することで、最初から子供を作らない方向へ向かわせた。医療技術の発達は同時に避妊技術や堕胎技術の発達でもあった。
こうして少子化は今やある程度近代化された国にはほぼ例外なく生じるものとなった。ヨーロッパやアメリカに始まったものが高度成長期の日本にも広まり、やがて韓国、台湾、東南アジア、中国に広まり、今は中南米、中近東、アフリカへと広がりつつある。
産む子供の数を抑制すること自体は捨て子よりははるかに人道的ではある。ただその抑制は必ずしも理性的なものではなく、社会全体に子供を邪魔ものと見なし、子供へのヘイトを掻き立てる風潮を生み出している。子供に対する社会的な圧迫によって、子供を作らないように社会全体が促していると言っても良い。
人権思想は表向き全人類の平等を掲げているが、この平等意識が「精神」の平等にすぎないため、逆に肉体の差異を露わなものにしてしまう。
スポーツが一番いい例だ。本来体力的にハンディがあるという理由で男女に分けられているにもかかわらず、心は女だからという理由で男性のチートボディを持つ者が無双するようになっている。
精神に限定された男女平等思想は、結局男女の体力差を「精神論」にしてしまう。またワギナを持つことのハンディも容易に無視されてしまう。
LGBTの開放は、肉体的に女性である者への大きな負担となる。LGBT内部でも体力の上回るペニスを持つ者の優位が確定している。これ形を変えた新たな男尊女卑と言って良い。
この矛盾は大人と子供の間にも生じる。大人と子供が権利において平等であるなら、それは結果的に長幼の序を上書きすることになる。精神は平等でも肉体的には子供は大きなハンディを背負っている。
また、年齢は知力における差別も生み出す。長年の人生経験に裏打ちされた酸いも甘いも嚙み分けた老人に、たとえ体力で多少上まわっても若者が勝つことは困難だ。
年齢に基づく経験の積み重ねは、ゲームでいうレベルのようなものだ。ソードアートオンラインでもキリトが言ってたが、レベルの低い者はいくら剣を当ててもほんのわずかなダメージも与えることができない。これがレベル制の不条理だと。
政治は基本的に圧倒的多数派であり、知力においても上回ってる老人の意のままに動く。これは企業でも官僚社会でも同じだ。
若者の意見が反映されない状態は、選挙権や被選挙権の年齢をいくら引き下げた所で解消できない。若者が政権を取ったとしても老人が頑として従わなければ、結局何もできやしない。
選挙のたびに若者に投票を呼び掛ける人がいるが、それは単に「俺に入れろ」といってるだけのことだ。若者のことなど微塵も考えていない。若者は右の老人を選ぶか左の老人を選ぶかの選択肢しかない。
いかに近代化しようが人権思想が行き渡ろうが、基本的に男女の体力差や長幼の体力・知力の差をひっくり返せるわけではない。しかもその差を「平等」の名目で逆に固定してしまっている。
日本がまだ救われているのは、西洋程の理性信仰がないことだ。理性が肉体をことごとく無視していく不条理を、日本人なら感情で補うことができる。
この「感情」は西洋哲学でいうエモーションのことではない。朱子学の四端の心と通常の感情とを区別する思想が日本では文化の根底にまだ残っている。単なる私情と誠の心との区別がまだ残っている。今はこれを絶やさないことだけが大事だ。
我々は風雅の道でそれを学び直すこともできる。
そういうわけで、また俳諧を読んでいこうと思う。宗因点の『大阪独吟集』から「去年といはん」の巻。幾音の独吟で、宗因の合点とコメントがある。
初表
発句
寛文十三癸丑のとしの内に春立ければ
去年といはんこといとやいはん丑のとし 幾音
寛文十三年(一六七三年)の歳旦だが、年内立春のためややフライングして寛文十二年の立春の句になる。十二月十七年(西暦一六七三年二月三日)が立春で、立春から正月まで二週間と長かった。
古今集の、
年のうちに春は来にけりひととせを
去年とやいはむ今年とやいはむ
在原元方
の歌を本歌とする。
宗因の長点があり「え方うしの年とは今こそ承候へ」とある。
脇
去年といはんこといとやいはん丑のとし
庄屋のそののぐひすの声
園の鶯は、
わがそのの梅のほつえに鶯の
ねになきぬべきこひもするかな
よみ人しらず(古今集)
の歌に詠まれている。これに庄屋という俗で俳諧にする。
墨点あり。原書には長い\が墨で、長点はそれにヽが加わる。
第三
庄屋のそののぐひすの声
青柳も殿にやこしをかがむらん
園の鶯に青柳は、
梅の花咲きたる園の青柳は
かつらにすべくなりにけらしも
よみ人しらず(風雅集)
の歌に出典がある。
庄屋殿に敬意を示して、柳も腰をかがめているのだろうか。まあ、柳に風というし。
長点があり、「草木もなびくばかり也」とある。
四句目
青柳も殿にやこしをかがむらん
其一国をふくはるの風
前句の殿を一国の大名として、柳に春風を添える。
青柳に春風は、
春風の霞吹き解く絶え間より
乱れて靡く青柳の糸
殷富門院大輔(新古今集)
などの歌に詠まれている。
墨点あり。
五句目
其一国をふくはるの風
きり晴て値千金月に影
千金というと、
春宵 蘇軾
春宵一刻直千金 花有清香月有陰
歌管楼台声細細 鞦韆院落夜沈沈
春の宵の一刻は値千金、
花清らかに香り月も朧げに
歌に笛に楼台の声も聞こえてきて
中庭の鞦韆に夜はしんしん
で、前句の一国を一刻に掛けて値千金を導き出しているが、月に「霧晴れて」の秋の言葉は春宵のイメージを弱くして、秋への転換がやや強引な印象を与える。
点なし。
六句目
きり晴て値千金月に影
墨跡かけて鴈わたるらし
雁が草書の文字を連綿させるみたいに連なって月夜に渡ってくる。
月に雁は、
題しらず
白雲にはねうちかはし飛ぶかりの
かずさへ見ゆる秋の夜の月
よみ人しらず(古今集)
などの歌がある。
長点があり、「本尊かけ鳥より風味よく候」とある。本尊かけ鳥はホトトギスのことで「本尊かけたか」と鳴く。まあ実際は「きょっきょっきょっきょ」って感じだが。昔は本尊を「フォンソン」と発音してたから、その方がホトトギスの声に近い。
七句目
墨跡かけて鴈わたるらし
折釘もうつや碪の槌の音
前句の墨跡を墨縄を使って材木に釘を打つ位置を記すこととして、雁の渡る夜に雁の墨の跡に釘を打つかのような碪の槌音が聞こえる。
雁に砧は、
衣打つ砧の音を聞くなへに
霧たつ空に雁ぞ鳴くなる
曽禰好忠(新勅撰集)
の歌がある。
長点があり、「からりころころこちこちまじりに、聞事に候」とある。
八句目
折釘もうつや碪の槌の音
蘇鉄まじりの浅茅生の宿
釘から鉄の縁で蘇鉄を出し、砧の音に浅茅生の宿が付く。
砧に浅茅生の宿は、
長き夜の霜の衣を打ちわびて
ねぬ人しるき浅茅生の宿
源通光(新千載集)
の歌がある。
長点があり、「新しき取合候」とある。釘に蘇鉄の取り合わせを指す。
0 件のコメント:
コメントを投稿