2023年6月11日日曜日

 昨日の夜は蛍を見に行った。
 今日は一日雨。梅雨らしい天気だった。
「菖把に」の巻「武さし野を」の巻鈴呂屋書庫にアップしたのでよろしく。
 それではTwitterで呟いたなりきり奥の細道の続き。

四月十二日

今日は旧暦4月11日で、元禄2年は4月12日。黒羽。

10日は結局雨は止んだけど、その日は民部や図書の親戚の家を回って、昨日帰ってきた。
昨日の雨は今日は止んで、図書の案内でようやく犬追物と玉藻の塚を見ることができた。


四月十三日

今日は旧暦4月12日で、元禄2年は4月13日。黒羽。

この前の興行に参加してた翅輪がやって来て、八幡様にお参りに行った。
那須与一が的をいる時に先ず南無八幡大菩薩と祈った、その八幡様だという。


四月十四日

今日は旧暦4月13日で、元禄2年は4月14日。黒羽。

今日はまた雨。
図書が重箱に料理を詰めて持ってきてくれたのは有り難いが、それを食いながら一日居座り、一日無駄話をしながら過ごした。こういうのって深川にいるのとあんまり変わんないよな。

まあ、俳諧のネタにできそうな話も時折聞けるから、取材だと思って聞けばいいのかな。

鮎の子の何を行衛にのぼり船 素堂

長く滞在している間に素堂から手紙が来た。
旅立つ時に詠んだ鮎の子の句の返事だろうか。


四月十五日

今日は旧暦4月14日で、元禄2年は4月15日。黒羽。

今日は雨が止んだ。昼過ぎに鹿助が呼びに来て浄法寺図書の家に行った。まあ、昨日から予定してたことだけどね。
曾良は何か調子が悪いと言って、来なかった。
まあ、明日はここを出て湯本へ向かうから、ゆっくり休んでてくれ。


四月十六日

今日は旧暦4月15日で、元禄2年は4月16日。黒羽を発つ。

黒羽に長逗留することとなったが、今日はここを離れて湯本に向かう。
午前中に図書やその取り巻きたちとともに余瀬の民部の家に戻った。曾良の具合は大丈夫そうだ。
出発は何のかんので昼過ぎになった。

図書が馬を用意してくれて、弾蔵という者も案内役に付けてくれた。
野間という所で奥州街道に出た。鍋掛宿の少し手前で、ここまで二里程度だった。
ここで馬を返して、あとは背の高い笹の茂る見通しの悪い道を歩くことになる。

野間からしばらく奥州街道を行き、鍋掛宿を過ぎて越堀宿を左に曲がると高久を経て湯本にへ行く道がある。
途中から雨が降り出して、道は十分踏み固められてなくてぬかるんでくる。
何とか高久までたどり着いたので、事前に図書より渡されてた

紹介状を持って角左衛門の宿に泊まることとなった。


四月十七日

今日は旧暦4月16日で、元禄2年は4月17日。高久。

落ちくるやたかくの宿の時鳥 芭蕉

昨日の雨は今日もやまない。大きな街道は多少の雨でも大丈夫だが、こういう街道から外れた人通りの少ない道は、雨が降ると道がぐちゃぐちゃになって馬も通れない。
古歌では、

鳴けや鳴け高田の山の時鳥
   この五月雨に声な惜しみそ
       よみ人知らず

の歌のように五月雨のホトトギスを詠む。実際雨の夜明けにもよくその声を聞く。

曾良「まだ五月じゃないですし、『短夜の雨』としておきましょうか。
曾禰好忠の、

時鳥うひたつ山を里知らば
   木の間は行きて聞くべきものを

の歌を本歌にして」

  落くるやたかくの宿の時鳥
木の間をのぞく短夜の雨 曾良


四月十八日

今日は旧暦4月17日で、元禄2年は4月18日。高久を出る。

今朝の明け方、地震があった。特に被害はなかった。
雨は明るくなった頃に止んできたが、まだ道がぬかるんでるので、昼まで待って湯本へ出発した。宿の角左衛門が馬を用意してくれた。

野を横に馬牽むけよほとゝぎす 芭蕉

少し行くと空も晴れてきた。その頃だったか、馬を引いてた馬子が発句の短冊が欲しいと言い出した。
古池の句ですっかり有名になったから、こんな田舎の馬子にまで自分の名が知られるようになったのかと、ちょっと嬉しいというか照れるというか、何か気恥ずかしい

まあ、いつも揮毫する時にはそれなりの謝礼は頂くのが普通だけど、金持ってそうに見えないしな。
まあ、仕方ない。馬をちょっと横道に入れてホトトギスの聞こえる所に連れてってくれ、ホトトギスの声が聞こえたら、そのお駄賃に短冊を書いてあげよう。
まあ、山の中だし普通にホトトギス鳴くと思うが。

松子という所で馬を降り、馬子も馬を連れて帰って行った。
そこから湯本まではさん里ほどで、明るいうちに湯本の五左衛門の宿に着いた。ここも図書の紹介による宿だった。
余瀬からついてきていて案内役は角左衛門、高久の宿の主人も角左衛門、

湯本の宿の主人は五左衛門で、日光でお世話になったのも五左衛門。似た名前が多くて困る。
まあ、4年前に七郎兵衛が三人一度にやってきたこともあったがな。


四月十九日

今日は旧暦4月18日で、元禄2年は4月19日。奥の細道の旅。

今日は朝から良い天気だった。朝方曾良がどこかへ出かけてた。
朝飯の後、ずっとここまで案内してくれた方の角左衛門が余瀬へと帰って行った。
昼頃、宿の主人の五左衛門の案内で温泉大明神に詣でた。

湯をむすぶ誓も同じ石清水 芭蕉

那須与一が屋島で扇の的を射る時、南無八幡大菩薩と二荒山神社と温泉大明神に祈りを捧げて見事に的中させたため、湯泉大明神の相殿に石清水八幡宮を移して、一度に両方の神に祈れるようにしたという。石清水の冷泉と那須の温泉が一つになったわけだ。

石の香や夏草赤く露あつし 芭蕉

そのあと妖狐玉藻の怨念が石になったという殺生石を見に行った。
辺りは大小たくさんの石が転がり、その中の大きなのがそれだという。湯気が立ち硫黄の匂いがして、これが鳥をも殺すという玉藻の怨念の正体か。
謡曲みたいに石が二つに割れることはなかった。

句の方は見たまんまの句になった。
そのあと温泉の出るところを六ヶ所回った。熱いのやぬるいの、色々だった。

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