今日は開成あじさいまつりを見に行った。8日の時と同様歩いて行った。
コロナ明けで去年に比べて平日なのに店も人も多く、賑わっていた。
ロシアの侵略を平和的に防ぐことができるかと考えた時、たとえばウクライナが戦闘を止めて世界中の平和主義者が代りにデモ行進をしながらロシアの制圧地域に入る場合、どれぐらいの人数が必要で、どれぐらいの犠牲が出るのかだ。
数百万人規模でこれを行った場合、ロシア軍は数百万の虐殺をする度胸があるかどうかは試せる。さすがにそれをやるとなると核兵器の使用に匹敵する。ただロシアがそれを躊躇しなかった場合は、NATOや米軍の介入のための国際世論形成には役に立っても、平和的解決からは遠のくことになる。結局無駄に多くの人が死んだだけで終わる。
また、虐殺だけでなく拘束して人質に取る戦術も有り得る。さすがに数百万人もの人を収容することができるかどうかという問題はあるが、虐殺と拘束の両面作戦なら可能だ。
数千万人規模で、元のウクライナの人口を上回る数が占領地域に侵入すれば、今のロシア軍の兵力で対処できなくなる可能性はある。ただ、どうやってそれだけの人間を移動させるか、食料はどうするのかなど、いろんな問題は残る。
結局軍事解決の方が安上がりで、人的消耗も減らせると考えた方が良いのかもしれない。
それではTwitterで呟いたなりきり奥の細道の続き。
四月二十五日
今日は旧暦4月24日で、元禄2年は4月25日。須賀川。
今日は乍単の家の忌日で、炊事の火を別々にする。
昨日は遅くまで興行したから、一日ゆっくり休むことにしよう。
蚕する姿に残る古代哉 曾良
白河の関の東山道の道筋はまだ残っていて、感慨深かった。
みちのくは養蚕の盛んなところで、ここでは男も機を織るという。
養蚕は仲哀天皇の御代より行われていて、その昔の姿を見るかのようで興味深い。
22日の挙句にも養蚕を出してみた。
四月二十六日
今日は旧暦4月25日で、元禄2年は4月26日。須賀川。
今朝は小雨が降っていたが、大したことないと思って石川滝を見に行った。石川の郡を経て磐城にも抜けられる道があって、石川道というらしい。そこを二里ほど行ったところだという。
残念ながら、最近降り続けた雨で川が増水して、川を渡ることができずに途中で引き返すことになった。
さみだれは滝降りうづむみかさ哉 芭蕉
四月二十七日
今日は旧暦4月26日で、元禄2年は4月27日。須賀川。
昨日の雨は止んで今日は曇り。石川滝はまたの機会にして、今日は芹沢の滝を見に行く予定。
白河藩士の何云という人から、何で白河をスルーしたんだって手紙が来た。知らんよ。
関守の宿をくいなにとはふもの 芭蕉
一昨日乍単の家の田植えで朝から酒やご馳走を用意してるのを見て、地元の珍しい物もあって食ってみたかったけど、午後から可伸の家で興行があって、そこで飯も出るというので我慢した。少しくらい包んで貰えば良かった。
旅衣早苗に包食乞ん 曾良
今日は旧暦4月26日で、元禄2年は4月27日。須賀川。
芹沢の滝は西に少し行った所で、小高い丘から落ちる小さな滝だった。やはり噂に聞く石川滝を見に行ってみたい。このまま雨が止んでくれれば通れるようになるかな。
帰ってきてから乍単と曾良と三人で三つ物を二つ作った。
曾良の発句、
旅衣早苗に包食乞ん 曾良
芭蕉「飯を乞うのは板書坊主のことか?乞食坊主に鼓を打たせるのか?よくわからない。」
旅衣早苗に包食乞ん
いたかの鼓あやめ折すな 芭蕉
乍単「菖蒲折らすなは綾目織らすなとも読める。貧しい板書らしく、からむしの衣織らせようか。あやめに掛けるなら青苧(あおそ)だべ。」
いたかの鼓あやめ折すな
夏引の手引の青苧くりかけて 乍単
発句、
茨(ふき)やうを又習けりかつみ草 乍単
曾良「こちらでは端午の節句にカツミを葺くのか。昔の話?カツミがどういう草か知らない?まあ、とりあえず古代の情景で受けておこう。」
茨やうを又習けりかつみ草
市の子どもの着たる細布 曾良
芭蕉「ならば、その市場に休む旅人にしよう。」
市の子どもの着たる細布
日面に笠をならぶる涼して 芭蕉
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