今日は旧暦の六月二十八日。まだまだ夏は終わらない。
仕事も始まり、旅の方はちょっと一休みして、また俳諧を見ていこうと思う。
『陸奥衛』巻四「無津千鳥」の所に「於奥州石川丹内氏興行」の半歌仙があったので、それをちょっと見てみよう。桃隣が須賀川を出て小名浜に行く途中、石川という所での興行だ。
発句。
あたらしき宿の匂いや富貴艸 桃隣
富貴艸(ふっきそう)は曲亭馬琴編『俳諧歳時記 栞草』の夏の所に、
「[周茂叔愛蓮説]牡丹ハ花ノ富貴ナル者也。[書言故事]多く富貴の家、彫欄丹檻の中にあり。故に花ノ富貴なる者といふ。」
とある。フッキソウというツゲ科の植物もあるが、ここでは牡丹のことと思われる。丹内氏の丹もあることで、会場となった丹内氏の屋敷を立派なのを誉めて発句と思われる。
脇。
あたらしき宿の匂いや富貴艸
初卯花を見たる生垣 等秀
脇を詠んでいることから、この家の主ではないかと思われる。初卯花は、
なく声をえやは忍ばぬほととぎす
初卯の花の影にかくれて
柿本人麿(新古今集)
の歌に詠まれている。この歌を埋み句にするなら、宿の生垣の初卯の花の向こうからホトトギスの声がしのびもせずに聞こえてきます、という意味になる。ホトトギスはもちろん来客である桃隣のこととなる。
第三。
初卯花を見たる生垣
べらべらと岨道牛に打乗て 等盛
「べらべら」はweblio辞書の「三省堂 大辞林 第三版」に、
「③のんびりしているさま。のんきにぶらぶらしているさま。 「半兵衛は蔵に-何してゐやる/浄瑠璃・宵庚申 下」
の意味が記されている。
牛に乗るというと老子が連想される。山の中の道を牛に乗ってのんびりと行く老子のような人物は初卯の花の咲く生垣に心を止める。
等盛は巻一「陸奥衛」に、
雲連て原にひろがる霞哉 等盛
暮六ッにじつと落着柳哉 同
の句が見られる。
四句目。
べらべらと岨道牛に打乗て
近付ふゆる温泉の言伝 等般
「温泉」はこの場合「でゆ」と読むのか。前句の「べらべら」をべらべら喋るの意味に取り成したのだろう。
温泉からの伝言は近づくにつれていろいろ尾ひれがついて長くなる。
等般は巻一「陸奥衛」に、
難波津や明の星咲としの花 等般
巻二「むつちとり」に、
川風や撫子一ッ動き初 同
などの句が見られる。
五句目。
近付ふゆる温泉の言伝
油じむ枕奪合夜半の月 助叟
温泉ではやはり昔から枕投げだったか。油じむは汚れたという意味。奪合は「はひあふ」と読む。
助叟は桃隣の旅に同行の伴。
六句目。
油じむ枕奪合夜半の月
鶉目がけた鼠落けり 桃隣
一巡して桃隣に戻る。
「田鼠化して鶉と為る」という言葉が『礼記』にあるという。枕を奪い合っていると天井から鼠が落ちてきて、さては鶉になって飛ぼうとしたか。
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