今年は冷夏になるという予報も出ている。梅雨明けも遅くなるのかな。
それでは「温海山や」の巻の続き。
十三句目。
ちまたの神に申かねごと
御供して当なき吾もしのぶらん 芭蕉
これは『源氏物語』の惟光の立場にたった句か。源氏に付き合ってみすぼらしい狩衣を着させられたりしていた。巷の女に会いに行くのなら夕顔の俤か。
十四句目。
御供して当なき吾もしのぶらん
此世のすゑをみよしのに入 不玉
これは一転して西行の俤であろう。「見る」と「み吉野」を掛けている。
十五句目。
此世のすゑをみよしのに入
あさ勤妻帯寺のかねの声 曾良
コトバンクの「世界大百科事典内の妻帯の言及」には、
「すでに平安中期のころ,清僧(せいそう)は少なく,女犯妻帯の僧が多くなった。すなわち,大寺院では組織の分化がすすみ,衆徒大衆(しゆとだいしゆう)と総称される堂衆(どうしゆう)や行人(ぎようにん)などの下級の僧侶集団が形成され,彼らは妻子を養い,武力をもち,ときには荘園の経営や物資の輸送や商行為まで営むようになり,寺院の周辺や山麓の里は彼らの集住する拠点となって繁栄した。」
とある。吉野の金峯山寺のような大きな寺院では、麓に妻帯した僧がたくさん住んでいたのであろう。鐘は世尊寺の三郎鐘だろうか。
十六句目。
あさ勤妻帯寺のかねの声
けふも命と嶋の乞食 芭蕉
これは佐渡に流された日蓮上人だろうか。だいぶ苦労なされたようだ。
十七句目。
けふも命と嶋の乞食
憔たる花しちるなと茱萸折て 不玉
「憔(かじけ)たる」の「かじける」は「悴ける・忰ける」という字も書く。コトバンクの「大辞林 第三版の解説」には、
「① 寒さで凍えて、手足が自由に動かなくなる。かじかむ。
「手ガ-・ケタ/ヘボン 三版」
② 生気を失う。しおれる。やつれる。
「衣裳弊やれ垢つき、形色かお-・け/日本書紀 崇峻訓」
とある。この場合は②の意味で、「し」は強調の言葉。萎れた花よどうか散らないでくれ、と茱萸(グミ)を折る。この場合は苗代の季節に実るというナワシログミであろう。
「花」は島流しの流刑人の比喩とも取れるが、花の咲くのを見ながら、
それに自分を重ね合わせて「散るな」という意味なら似せ物ではなく本物の花になる。
十八句目。
憔たる花しちるなと茱萸折て
おぼろの鳩の寝所の月 曾良
「鳩の寝所のおぼろの月」の倒置。春の朧月の句になる。鳩も心あるのか、桜ではなくグミの枝で巣を作っていたのだろう。
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