2019年7月14日日曜日

 「忘るなよ」の巻の続き。

 二表。
 十九句目。

   河原おもてを渡る朝東風
 立あがる鷺の雫の春日影     如行

 水鳥の鷺だから立ち上がる時に雫が滴るというのだが、そんな細かい所が本当に見えるのかどうかはわからない。ただ、それに春の日が当たってきらきら光れば幻想的な光景と言えよう。
 「牛流す」の巻の十八句目に、

    道もなき畠の岨の花ざかり
 半夏を雉子のむしる明ぼの    支考

の句のように、雉が蛇と間違えて毒草のカラスビシャクをついばむなどという、「いや、実際にはないだろう」と思わせる辺りで面白く付けるのは支考流なのかもしれない。
 河原に鷺、東風に春日、よく付いている。
 二十句目。

   立あがる鷺の雫の春日影
 しもくにおろす搗鐘の錠     支考

 「しもく」は撞木(しゅもく)のこと。鐘を突く丁字形の棒でハンマーに似ている。シュモクザメ(ハンマーヘッド・シャーク)の名はこの撞木から来ている。撞木を使うのはお寺でも外にある大きな鐘ではなく、お寺の中で伝達に用いる半鐘の方であろう。
 勝手に鐘を搗く人のいないように撞木に鍵をかけることもあったか。支考のことだから、「あるある」かどうかはわからない。
 むしろ、多分前句の鷺を驚かせないために半鐘を自粛して錠をおろすというふうに作っているのではないかと思われる。
 二十一句目。

   しもくにおろす搗鐘の錠
 こき込の茶を干ちらす六月に   如行

 茶を「こく」というのは「挽く」ということ。
 抹茶を作る場合、収穫した葉をすぐに蒸して乾燥させ不要なものを取り除いて「碾茶(てんちゃ)」を作る。これを茶臼で挽くと抹茶になる。「こき込の茶を干ちらす」というのはこの乾燥過程のことだろう。
 元禄の頃は煎茶の前身に当たる唐茶も流行したが、抹茶も広く飲まれていた。
 このまえNHKの「やまと尼寺 精進日記」で作って飲んでいた茶は唐茶の系譜を引くものだろう。
 干した茶をひろげているので、法事もお休みで半鐘は叩かないということか。
 二十二句目。

   こき込の茶を干ちらす六月に
 子の這かかる膳もちてのく    支考

 赤ちゃんが這い這いして干している碾茶を散らしたり食べたりしては困るから、膳に乗せて片付ける。これはありそうだ。
 二十三句目。

   子の這かかる膳もちてのく
 小屑灰に歯黒の皿を突すへて   如行

 赤ちゃんが食事のお膳をひっくり返しそうだったので、あわてて鉄漿(おはぐろ)の入っている鉄漿杯(かねつき)を小屑灰(こずばい)の上に置いて膳を移動させる。
 二十四句目。

   小屑灰に歯黒の皿を突すへて
 いもくしの名を立るいさかひ   支考

 「いもくし」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典の解説」に、

 「〘名〙 (「いも」は天然痘、また、その治った跡。「くし」も同意という) あばた。
 ※俳諧・継尾集(1692)四「小屑灰(コズばひ)に歯黒の皿を突すへて〈如行〉 いもくしの名を立るいさかひ〈支考〉」

とある。
 鉄漿杯(かねつき)を乱暴に小屑灰(こずばい)の上に置く場面を、いさかいの場面とする。
 顔にあばたがあるなんて噂を流されたら、そりゃ怒る。

 二十五句目。

   いもくしの名を立るいさかひ
 霙降庄司が門ンの唐居敷     如行

 「庄司」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典の解説」に、

 「〘名〙 荘園領主から任命され、荘園を管理し、荘園内の一切の雑務をつかさどった役人。荘官。荘のつかさ。」

とある。
 「唐居敷」はコトバンクの「デジタル大辞泉の解説」に、

 「門の下部にあって門柱を受け、また扉の軸受けとなる厚板。石材で作ることもある。」

とある。
 これは「いもくし」を導き出す序詞のように付けたか。「からいしき」「いもくし」、そんなには似てないが語呂は良い。
 天然痘の流行の評判が立ったとなれば庄司としても問題だろう。
 二十六句目。

   霙降庄司が門ンの唐居敷
 水をしたむる蛤の銭       支考

 これは御伽草子の「蛤の草紙」であろう。コトバンクの「世界大百科事典 第2版の解説」には、

 「御伽草子。渋川版の一つ。天竺摩訶陀(てんじくまかだ)国の〈しじら〉は釣りをして母を養っていたが,ある日美しい蛤を一つ釣りあげた。それは船の中でにわかに大きくなり,二つに開いて,中から17~18歳の容顔美麗な女房が現れる。40歳になるまで女房を持たないのも母へ孝養を尽くすためと言い訳する〈しじら〉を説きふせて,女房と〈しじら〉とは夫婦になる。女が麻と錘(つむ)と〈てがい〉を求めて紡ぎ,機(はた)を求めて織りはじめると,見知らぬ者が2人来て,ともに織るのを手伝う。」

とある。鶴の恩返しにも通じる話だが、この織物が銭になる。

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