2019年6月26日水曜日

 「いと凉しき」の巻の続き。

 六十一句目。

   上様風の吹旅の空
 御荷物に唐船一艘つくられたり 宗因

 これは平清盛のことだろう。清盛は宋との貿易を推進し、自らも宋船を所有していたという。
 船は風の力で動くものだが、「上様風」となれば「驕る平家」の言葉も思い起こされる。
 六十二句目。

   御荷物に唐船一艘つくられたり
 蜘てふ虫も糸のわけ口     似春

 前句を長崎に生糸を運ぶ中国船とした。
 蜘蛛は糸を吐くが生糸は作らない。そんな関係ないものにもその利益は及ぶ。貿易は当事者だけではなく、国全体を潤す。
 ところで蜘蛛の糸は最近ではその鉄鋼の四倍といわれる強度が注目され、蚕に蜘蛛の遺伝子を組み込んで蚕に蜘蛛の糸をはかせるなんてことも行われている。スパイダーシルクというらしい。
 さらに蜘蛛の糸よりももっと強い糸があるという。それは蓑虫の糸で、丈夫さでは蜘蛛の糸の約2.2倍、強度で約1.8倍だという。
 素堂は「蓑虫説」の中で、「みの虫みの虫。声のおぼつかなくて。かつ無能なるをあはれぶ。」と言ったが、実は意外な才能があった。
 六十三句目。

   蜘てふ虫も糸のわけ口
 鬢を撫て来べき宵也月の下   磫畫

 『校本芭蕉全集 第三巻』の注にあるとおり「古今集」の、

   思ふてふ言の葉のみや秋をへてのつぎ
   衣通姫の、独りいて、帝を恋い申し上げて
 わが背子が来べき宵なりささがにの
     蜘蛛のふるまひかねてしるしも

が本歌と見ていい。恋に転じる。
 六十四句目。

   鬢を撫て来べき宵也月の下
 伽羅の油に露ぞこぼるる    木也

 「伽羅の油」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典の解説」に、

 「鬢(びん)付け油の一種。胡麻油に生蝋(きろう)、丁子(ちょうじ)を加えて練ったもの。近世初期に京都室町の髭(ひげ)の久吉が売り始めた。
 ※俳諧・玉海集(1656)一「薫れるは伽羅の油かはなの露〈良俊〉」
 ※浮世草子・世間娘容気(1717)一「いにしへは女の伽羅(キャラ)の油をつくるといふは、遊女の外稀なる事成しを」

とある。粘りが強く髪をカチッと固めるのに用いる。今日ではポマード系か。古代の恋歌から遊女に転じる。
 三裏。
 六十五句目。

   伽羅の油に露ぞこぼるる
 恋草の色は外郎気付にて    似春

 「恋草」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典の解説」に、

 「① 恋心のつのることを草の茂るのにたとえた語。
 ※万葉(8C後)四・六九四「恋草(こひぐさ)を力車に七車積みて恋ふらくわが心から」
 ② 恋愛。恋愛ざた。また、恋人。〔日葡辞書(1603‐04)〕
 ※浮世草子・傾城色三味線(1701)湊「都の恋草に御身のかくし所もなく」

とある。
 「外郎」はウィキペディアに、

 「ういろうは、仁丹と良く似た形状・原料であり、現在では口中清涼・消臭等に使用するといわれる。外郎薬(ういろうぐすり)、透頂香(とうちんこう)とも言う。中国において王の被る冠にまとわりつく汗臭さを打ち消すためにこの薬が用いられたとされる。
 14世紀の元朝滅亡後、日本へ亡命した旧元朝の外交官(外郎の職)であった陳宗敬の名前に由来すると言われている。」

とある。気付け薬にも用いられた。
 仁丹に似た銀色の小さな粒は「露」を思わせる。募り募った恋草の色は外郎気付けのような露のようにこぼれる、と付く。
 六十六句目。

   恋草の色は外郎気付にて
 はながみ袋形見なりけり    少才

 「はながみ袋(鼻紙袋)」はコトバンクの「大辞林 第三版の解説」に、「鼻紙入れ」に同じとあり、「鼻紙入れ」のところには、

 「鼻紙や薬・金銭などを入れて携帯する、布・革製の入れ物。紙入れ。鼻紙袋。」

とある。外郎を入れていた鼻紙袋が形見として残される。
 六十七句目。

   はながみ袋形見なりけり
 さる間三年はここにさし枕   桃青

 『校本芭蕉全集 第三巻』の注は謡曲「松風」の一節を引用している。

 「行平の中納言三年はこゝに須磨の浦。都へ上り給ひしが。此程の形見とて。御立烏帽子狩衣を。残し置き給へども。」

 ただ、形見は御立烏帽子狩衣ではなく鼻紙袋で、「ここにさし枕」と枕に挿してあると「差し枕」に掛けている。
 「差し枕」はコトバンクの「大辞林 第三版の解説」に、

 「①  板で箱形に作った枕。箱枕。
  ②  男女が共寝をすること。 「たまさかの君の御出を嬉しがり先いねころび-かな/古今夷曲集」

とある。
 六十八句目。

   さる間三年はここにさし枕
 親の細工をあらためずして   宗因

 『校本芭蕉全集 第三巻』の注は『論語』「学而篇」の「三年父之道ヲ改ムル無シ。孝ト謂ツ可シ。」の言葉を引用している。本説になる。
 前句の「さし枕」を箱枕とし、その細工の技術を三年改めなかった、孝行なことだとする。

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