2019年6月22日土曜日

 今日は昼頃から雨が降り出し、時折強く降った。梅雨が戻ってきた。
 それでは「いと凉しき」の巻の続き。

 三十一句目。

   夏花やつつじ咲匂ふらん
 あの山の風をもがなと窓明て   少才

 花の咲き匂うに窓を開けると、一応付け合いではあるがシンプルな軽い付けで流した。
 三十二句目。

   あの山の風をもがなと窓明て
 月の前なる雲無心なり      幽山

 風が欲しいというのを、月の前に雲があるからだとした。
 この場合の「無心」は心無いという否定的な意味。
 三十三句目。

   月の前なる雲無心なり
 露時雨ふる借銭の其上に     宗因

 前句の「無心」を金の無心とした。「経る借銭のその上に」「無心なり」とつながる。
 それに「ふる」を導き出すように「霧時雨」を序詞のように用いて、風雅な言葉を使いながら借金の話に落とす。
 庶民の言葉がまだ風雅に取り入れられていなかった比の特有の手法で、雅語を基調としながらいかに世俗の話題を取り込むかという工夫でもあった。
 「霧時雨降る月の前なる雲」の雅と「ふる借銭の其上に無心なり」の俗とが平行して描かれる。
 三十四句目。

   露時雨ふる借銭の其上に
 見し太夫さま色替ぬ松      吟市

 「さま」は合略仮名で記されている。
 太夫は遊女の最高位で、当時はまだ夕霧太夫が現役だった。
 ここも「霧時雨」に「色替ぬ松」の雅を基調に、「借銭の其上に見し太夫さま」という俗とが平行して描かれる。
 太夫様が出たところで恋に転じる。
 三十五句目。

   見し太夫さま色替ぬ松
 空起請煙となるも理や      幽山

 『校本芭蕉全集 第三巻』の注に謡曲『鉢木(はちのき)』の「松はもとより煙にて、薪となるも理や。」の一節が引用されている。「いざ鎌倉」の由来とされる佐野源左衛門常世の物語で、北条時頼をもてなすのに鉢植えの梅や桜や松を惜しげもなく火にくべて暖を取らせる。
 ここでも「色替ぬ松」の「煙となるも理や」という雅の文脈、「見し太夫さま」「空起請煙となるも理や」の俗とが平行して描かれる。
 「空起請(そらぎしょう)」はコトバンクの「デジタル大辞泉の解説」に、

 「いつわって誓いをたてること。また、その文書。空誓文。」

とある。
 三十六句目。

   空起請煙となるも理や
 夜討むなしき野辺の夕暮     宗因

 ここでは恋は二句で去る。
 「新古今集」の哀傷歌に、

 あはれ君いかなる野辺の煙にて
     むなしき空の雲となりけむ
                 弁乳母

の歌がある。
 前句の「空起請」を主君への偽りの誓いとし、誓いを立てておきながら裏切って夜討ちにされ、野辺の煙(火葬の煙)となった。

 二裏。
 三十七句目。

   夜討むなしき野辺の夕暮
 あてのみの酒気を風や盗むらん  似春

 「当て飲み(あてのみ)」はgoo辞書の「デジタル大辞泉(小学館)」に、

 「他人の懐を当てにして酒を飲むこと。
 「舌を吐きつつ口に手を、―は現 (げ) に盗 (ぬすびと) 上戸」〈読・八犬伝・三〉」

とある。
 前句の夜討を単なる比喩として、せっかく人の金で只で酒を飲めたのに、その酔いも風に当たってすっかり醒めちまった。こいつあ風めの夜討ちにあったようなものだ、となる。
 三十八句目。

   あてのみの酒気を風や盗むらん
 雨一とをり願ふ川ごし      又吟

 又吟さんは初登場だが詳細は不明。
 当て飲みの酒の酔いも風が吹いたら醒めてしまいそうだ。ここらで雨でも降って川留めになれば、帰らずにそのまま飲み続けられる。
 三十九句目。

   雨一とをり願ふ川ごし
 名号の本尊をかけよ鳥の声    木也

 鳥の声はホトトギスの声で、「テッペンカケタカ」とも言うが「本尊掛けたか」とも言う。
 ホトトギスは和歌では夜の雨とともに詠まれることが多い。

   ほととぎすをよめる
 心をぞつくし果てつるほととぎす
     ほのめく宵のむら雨さめの空
               藤原長方(千載集)
 いかにせん来ぬ夜あまたのほととぎす
     待たじと思へばむら雨の空
               藤原家隆(新古今集)
のようにホトトギスを待っていたら雨が降ってきてしまったというものもある。
 この場合も前句を「雨一とをり、願ふ川ごし」と切り離し、「名号の本尊をかけよ鳥の声」と雨が一降りするなかを「願ふ川ごし」と結ぶ。
 四十句目。

   名号の本尊をかけよ鳥の声
 それ西方に別路の雲       信章

 「別路の雲」は紫雲のことか。『校本芭蕉全集 第三巻』の注にもそうある。
 紫雲はコトバンクの「デジタル大辞泉の解説」に、

 「紫色の雲。念仏行者が臨終のとき、仏が乗って来迎(らいごう)する雲。吉兆とされる。」

 西方浄土へといざなわれる。

 これはほんのおまけだが、多分三十年前に天安門事件に触発されて書いた詩があったはずだとこの前から探していたが、ようやく見つけた。この頃はまだ韻を踏んでなかった。
 
   北京幻想
 銃声のなかった頃の北京は狼の声も切なく
 雲と霧にたそがれてゆく頃には森は静寂に包まれる
 サーベルトラはどこの穴に眠っているのか
 葉をすっかり落とした森にテナガザルのロングコールがこだまする
 
 はるか彼方に煙が立ちのぼる
 鹿の肉をかかえて帰る男たちは内臓の香りに心高ぶり
 女が一人背中を毛づくろいなだめる
 そのやさしさに男はかすかに微笑み、ほのかな愛に喜ぶ
 母親と焚火にあたる乳飲み子は
 未来も知らぬままに利己的な遺伝子の夢を育み
 母の乳房はもう一つの子宮となって
 その声は広大な大地となった

 夜になれば心は闇におびえ、戸惑うばかり
 火を囲み大人は騒ぎ、赤ん坊は眠いと泣き出す
 失った兄弟たちの悪夢がまだ醒めることなく
 燃え盛る炎が果てしなく闇を呪う

 見渡せば樹海ははるか彼方まで続くというのに
 生きてゆくためにはほんの片隅を守る
 殺しあうことがいいか悪いか分からないが
 人は増えても増えることのない団栗に
 今日もまた隣人の動きを気づかっては
 戦いの日に備えて石器を磨く

 戦いに死んだ男を
 生き返れとばかりにただ叩く
 他になす術もないまま
 やがて春風がこの芽を膨らませ
 新しい命が芽ぶくようにと
 団栗を男の体に添えて落ち葉の中に埋める
 そんなことの繰り返し…

   反歌
 獣声がよし銃声に変るとも人の心は変りはしない

0 件のコメント:

コメントを投稿