2019年3月30日土曜日

 ジュゴンが死んで十日が過ぎたが、未だに死因についての発表がない。
 最初の報道では傷がどうのこうのとあって、右翼左翼両方でアンタが殺したみたいになってたが、ジュゴンネットワーク沖縄の細川太郎事務局長さんは、死につながるような傷などは確認できなかったとしている。
 ただ、政治的に利用価値がないとなると、そのまま報道の方が沈黙してしまう可能性がある。それではジュゴンも浮かばれない。浮かんでいたのに。
 それでは『俳諧問答』の続き。

 「一、上巻に、
 笠持て鵜篭をのぞく宵月夜  ヒコ子 朱廸
 『笠持て』にてなし。『箸持て』也。やがて立出むと、したためなどしながら、鵜篭をのぞくさま也。
 下輩の情をよくいひなし、よき俳諧なりと作者も自慢せしに、『笠持て』にて、作者も力おとし侍る。これらハ見あやまりにして、しいてあやまりにあらず。次でに爰に記ス。」(『俳諧問答』横澤三郎校注、一九五四、岩波文庫p.119)

 朱廸(しゅてき)も彦根の作者で、許六に語ったのであろう。

 箸持て鵜篭をのぞく宵月夜     朱廸

 当時の鵜匠の暮らしがどうにも思い浮かばないので、すんなりと伝わる句ではないが、当時はすぐにわかる句だったのだろう。
 「鵜篭」は鵜飼に使う鵜を入れておく篭で、取れた魚を入れておく吐き篭とはちがう。箸を持って鵜篭を覗くというのがどういう場面なのかはよくわからないが、当時のあるあるだったのだろう。
 「やがて立出むと、したためなどしながら、鵜篭をのぞくさま也」と許六が言うのだから、これから漁に出ようとする時に、準備のために鵜篭を覗く場面には違いない。箸を何に使うのかがよくわからない。
 「宵月夜」は鵜飼が月が沈んで真っ暗になってからはじめるものなので、準備の頃はまだ月が出ているという意味。
 「見あやまり」というのは、草書で書いたとき「笠」と「箸」は棒一本多いくらいで似ているから、そう判断したのだろう。

 「一、上ニ、
 おもしろうやがてかなしき鵜舟哉   翁
 此句、五文字にて文字あり。則校考に見えたり。
 其上、晋子が方より申こし侍るなどまで書侍るならバ、委敷あら野集を見せたし。
 此句あら野に出て、一天下三歳の童子までおぼえたる句也。」(『俳諧問答』横澤三郎校注、一九五四、岩波文庫p.119~120)

 「五文字にて文字あり」は、「五文字に『て』文字あり」で、「おもしろう」のあとに「て」の字があったというもの。即ち句は今に伝わる通り、

 おもしろうてやがてかなしき鵜舟哉  芭蕉

になる。『阿羅野』に収められている。当時は三歳の子供でも知っている句だったという。

 「一、下巻に、
 七夕やいはむ事なし夜半過   イガ 猿雖
 此『七夕や』の『や』もじ、うたがひのや也。『事なし』と切字二ツ入たり。
 『七夕や』の『や』字、曾ていらぬ字也。入て慥ニならず。
 何事ニ『七夕や』とハうたがひ侍りけるぞ。下にてハ、『いはん事なし』と決定して、上にうたがひ、益なし。『七夕の』歟、ハとかあるべき句也。かやうの文字加筆する事、撰者の役也。」(『俳諧問答』横澤三郎校注、一九五四、岩波文庫p.120)

 今日のように詠嘆の「や」に慣れていると、許六のこの指摘は「はあ?」って感じで、昔の人の文法知識はこの程度だったかということになりかねないが、許六は芭蕉などが用いていた古い係助詞的な「や」の用法を知った上で言っている。間違いはない。
 系助詞的な倒置により、疑問の「や」を前に持ってきた用法で、それゆえ他の助詞に変わることができる。

 七夕のいはむ事なし夜半過
 七夕ハいはむ事なし夜半過

 こちらの方が収まりが良い。これが芭蕉の時代の感覚だ。
 蕪村の頃になると詠嘆の「や」が広まり、今日の言語感覚に近くなる。

 「愚が集の時、カガ北枝が句ニ、
 かべ土の道せばめけり花盛
ときこえたり。『かべ土の』といふ『の』の字きこえず。『かべ土に道せばめけり』と加筆せし事あり。」(『俳諧問答』横澤三郎校注、一九五四、岩波文庫p.120)

 文庫版の注にもあるが、『韻塞』(許六・李由撰)には、

 壁土に道せばめけり花ざかり    句空

とある。手直しされたことに北枝が不服で、弟子の名にして載せたのかもしれない。
 壁土は土壁のことで、土を塗った壁は分厚く、その分道が狭くなるし圧迫感もある。
 蔵や立派な屋敷の壁に用いられるので、道を狭くしているのはもっぱら金持ちだ。せっかくの花盛りだというのに無風流な、といったところか。
 「壁土の」でも「壁土が」の「が」に変わる「の」で、意味が通らなくはない。ただ、「壁土の道」まで一続きに読んでしまうと、壁土の道が何で狭くなったのかと取られやすくなる。「壁土に」の方がわかりやすい。
 ただ、北枝の意図としては、壁土に区切られた道を人がたくさん通るから花盛りの時には道が狭く感じるという意味だったのかもしれない。これだと「壁土の」の方がいい。

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