2019年3月10日日曜日

 今日は南足柄へ春めき桜を見に行った。
 前日のラジオで二分から四分咲きと言っていたから、昨日今日の暖かさで五分咲きくらい放っているかと思っていた。
 最初に大雄山線の富士フイルム前駅で降りて、狩川沿いのの幸せ道(北岸)、春木径(南岸)の桜を見たときには、木によっては二分、よく咲いている木は八分咲きで、全体としては五分咲きだった。ただ、ここは昨日のニュースでは先初めと言っていた所だった。
 空には雲が多く、時折薄日がさす天気だったが、気温は高く、富士山の白い姿も見えた。
 このあと二分から四分と言われていた一の堰ハラネへ行ったら満開だった。

 世の中は三日見ぬまのさくら哉   蓼太

とはよく言ったものだ。
 あまり知られていないのか、人も少なく露店の屋台もなく、静かだった。良い香りがした。春めき桜は南足柄市の古屋富雄さんの品種登録した地元産の桜だという。
 それでは『俳諧問答』の続き。

 「我友木導といふもの、かたのごとくの作者也。終に師に対面せずして、急度師の血脈の所を見届、師の状通ごとニ、木導ハ作者なりといふ褒美を得たるもの也。
 しかれ共逸物也。十句ニ七八ハ雑句也。一ニハ天地を動かす句也。是逸物のしるし也。」(『俳諧問答』横澤三郎校注、一九五四、岩波文庫p.108)

 木導は『風俗文選』の作者列伝に、

 「木導者。江州亀城之武士也。直江氏。自号阿山人蕉門之英才也。師翁称奇異逸物。」

とある。「江州亀城」は近江国彦根城のことで、許六の身内のようなものだ。
 元禄六年五月四日付許六宛書簡に、

 「木道麦脇付申候。第三可然事無御座候間、貴様静に御案候而御書付可被成候。」

とある。これは、

 春風や麦の中行水の音      木導

の発句に芭蕉が、

   春風や麦の中行水の音
 かげろふいさむ花の糸口     芭蕉

と付けたので、第三を許六が付けてくれというものだ。
 『校本芭蕉全集』第五巻(小宮豊隆監修、中村俊定校注)の補注に木導編『水の音』の木導自身による序が引用されている。そこには、

 「此一すじを兼て求をかばやと風流を種となして、はせを庵の松の扉をたたき、翁の流を五老井と共に汲つくす事三十年、かれこれの便をつたひ、蕉門の俳友ところどころに数をつくせり。其あらましを五老井雨夜物かたりにおよびぬれば、翁しばらく目をふさぎ、奥歯をかみしめ、皺の手をはたと打、謀略のたくましきを深かんじ玉ふと也。かの折から、予が麦の中行水の音をも聞たまひて翁曰、いにしへ伊勢の守武が、小松生ひなでしこ咲るいわほ哉、我が古池やかはず飛込水の音、今木導が麦の中行水の音、此三句はいづれも甲乙なき万代不易、第一景曲玄妙の三句也。誠に脇をなしあたへんと許子にながれに麦をかかせて、かげろふいさむ花の糸口と筆をとり給ひしを初となして、いひ捨し句どもとりあつめ阿山の鎮守に奉納せり」

とある。
 許六の第三がどうなったかはわからない。

 小松生ひなでしこ咲るいわほ哉  守武
 古池やかはず飛込水の音     芭蕉
 春風や麦の中行水の音      木導

 この三句を「万代不易、第一景曲玄妙」と芭蕉が言ったというが、真ん中の古池の句は、同じ「水の音」が入るというのと芭蕉自身の謙遜から引き合いに出しただけで、芭蕉としては守武の句にも匹敵すると言いたかったのだろう。
 「翁の流を五老井と共に汲つくす事三十年」は明らかに誇張だろう。元禄六年(一六九三年)の三十年前といったら寛文三年(一六六三年)で、その頃からというと芭蕉の句が『佐夜中山集』に初入集した頃からになってしまう。しかも許六『俳諧問答』の「終に師に対面せずして」と矛盾する。この序文のエピソード自体が怪しい。
 許六が芭蕉に近づこうと苦労してた頃から木導も同じに思ってたのかもしれない。しかしついに芭蕉に会うことかなわず、五老井(許六)が代わりに芭蕉に会った時に木導の句の話もし、後に芭蕉がそれに脇を付けて手紙で許六に伝えたあと、許六は結局第三が出来ぬまま、あたかも芭蕉がその場で脇を付けたかのように木導に話したというのが一番考えられることだ。
 そのとき芭蕉が木導の発句を守武の句にも匹敵する「万代不易、第一景曲玄妙」の句と言ったぐらいはありそうだ。
 この時芭蕉は「作者也」と言ったのかもしれない。ただ許六は作者でなく「逸物」だという。その理由を、「十句ニ七八ハ雑句也。一ニハ天地を動かす句也。」とする。血脈を受け継いだなら十中十句天地を動かすはずだというわけだ。その天地を動かす句が、

 春風や麦の中行水の音      木導

だったのか。許六は木道を正秀と同列に扱う。

 「正秀逸物たるゆへに、猪のともし・鑓持のしぐれなど、血脈の句いひ出せり。
 時々其姿あらハれるといへ共、血脈を慥ニ継ざるしるしに、毎句翁の手筋なし。」(『俳諧問答』横澤三郎校注、一九五四、岩波文庫p.108)

 鑓持の猶振たつるしぐれ哉     正秀
 猪に吹かへさるるともしかな    同

の二句は師の血脈だが、それ以外は血脈を継いでないという。

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