今日は旧暦二月十三日で如月の望月の頃も近い。空には春らしく朧月が見えている。
それでは「鰒の非」の巻の続き。
十七句目。
裸足でありく内庭の砂
朝月に花の乗物せつき立 千川
「花の乗物」は花見車のことか。貞徳著の『俳諧御傘(はいかいごさん)』には、
「花車 正花也、春也。花見車の事也。」
とある。
その「花見車」はというと、時代は下るが江戸後期の曲亭馬琴編の『増補 俳諧歳時記栞草』に、
「花見車は花ある処へ乗て行く車を云也。」
とある。王朝時代であれば牛車であろう。
ところで、ここでは花車や花見車という言葉をあえて使わず「花の乗物」としているところから、江戸時代の一般的な乗物、つまり花見に行く時の駕籠のことではないかと思われる。花車に準じて駕籠も花の乗物とするところに新味があったと思われる。
朝の月が出ている頃に出発するのだから、多少遠出するのだろう。駕籠を呼んで出発を急ぐあまりに、内庭の砂を裸足で歩くことになる。
十八句目。
朝月に花の乗物せつき立
日影のふぢの雫つめたき 凉葉
桜の季節とはいえ朝はまだ寒さが残る。早朝ともなれば藤棚から滴り落ちてくる露の雫も冷たい。
二の表に入る。十九句目。
日影のふぢの雫つめたき
石畳む鳥井の奥の春霞 此筋
「畳む」には積み重ねるという意味もあるから、ここは石を積んで作った鳥居という意味か。ネットで石鳥居を検索すると、楯岡の石鳥居や元木の石鳥居といった本当に石を積んだような古い鳥居の画像が出てくる。
芭蕉の時代でも、鳥居は石を組むのではなくまだ積んで作っていたのかもしれない。
奥の春霞も、古い神社なのでまだ拝殿がなく、後ろの山そのものが御神体で、折から春の霞がたなびいているという意味だろう。何とも神々しい神祇の句に仕上がっている。
藤から落ちる雫の冷たさも、清らかさを感じさせる。
二十句目。
石畳む鳥井の奥の春霞
地取の株に見ゆる名苗字 芭蕉
前句の神々しさの後はバランスを取って卑俗に落とすのが正解。
鳥居の奥が春霞なのはまだ拝殿が建ってないからなので、これから作ることとする。
地取りはコトバンクの「デジタル大辞泉の解説」に、「家を建てるときなどに、地面の区画割りをすること。」とある。株はそのための杭のこと。
そこに苗字が記されていれば、立派な武士の寄進によるものだとわかる。
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