2022年10月28日金曜日

 それでは冬になったということで引き続き『談林十百韻』の「革足袋」の巻、「雪おれや」の巻と一気にコンプリートしたいと思う。
 発句。

 革足袋のむかしは紅葉踏分たり  一鉄

 革足袋はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「革足袋」の解説」に、

 「〘名〙 染革や燻革(ふすべがわ)で仕立てた足袋。《季・冬》 〔日葡辞書(1603‐04)〕
  ※俳諧・談林十百韻(1675)下「革足袋のむかしは紅葉踏分たり〈一鉄〉 尤頭巾の山おろしの風〈在色〉」

とある。燻革(ふすべがわ)は「精選版 日本国語大辞典「燻革」の解説」に、

 「〘名〙 (「ふすべかわ」とも) 松葉などの煙でいぶして地を黒くし、模様の部分を白く残した革。また、その革でつくられたもの。一説に、わらの煙で、ふすべて茶褐色にした鹿のもみがわ。くすべがわ。
  ※嵯峨の通ひ(1269)「侍従、州浜のふすべがは。大夫、桜の散り花の藍縬」

とある。革足袋の鹿革は生きている頃は、

 奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声
     聞くときぞ秋は悲しき
              猿丸太夫(古今集)

のように、紅葉を踏み分けていたのだろう。
 脇。

   革足袋のむかしは紅葉踏分たり
 尤頭巾の山おろしの風      在色

 革足袋が紅葉踏み分けた鹿なら、この頭巾の山からも山おろしの風が吹くことだろう。
 鹿に山おろしは、

 山おろしに鹿の音高く聞こゆなり
     尾上の月に小夜やふけぬる
              藤原実房(新古今集)

の歌がある。
 第三。

   尤頭巾の山おろしの風
 おほへいに峰の白雪めにかけて  雪柴

 「めにかけて」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「目に掛ける」の解説」に、

 「① 目にとめる。また、めざす。
  ※月清集(1204頃)下「はるかなるみかみのたけをめにかけていくせねたりぬやすのかはなみ」
  ② (多く上に「御」を付けて) 見せる。御覧に入れる。→御目(おめ)に掛ける。
  ③ ひいきにする。特別に面倒を見る。
  ※大乗院寺社雑事記‐文明二年(1470)六月二〇日「取分懸レ目者如レ此間可レ被レ加二扶持一者、可レ為二喜悦一者也」
  ④ 秤(はかり)に掛ける。
  ※俳諧・鷹筑波(1638)四「目にかけてみる紅葉葉やしゅてんひん〈盛成〉」

とある。
 前句の頭巾から横柄な老人を登場させ、峰に積る白雪に目を止めて、なるほど山おろしの冷たい風が吹くのも尤もだと納得する。
 四句目。

   おほへいに峰の白雪めにかけて
 春ゆく水の材木奉行       志計

 横柄と言えば役人で、峰の白雪に目を止めているので材木奉行とする。
 峰の白雪に春ゆく水は、

 千曲川春行く水は澄みにけり
     消えて行くかの峰の白雪
              順徳院(風雅集)

の歌を本歌とする。
 五句目。

   春ゆく水の材木奉行
 青柳の岸のはね橋八年ぶり    一朝

 刎橋(はねばし)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「撥橋・刎橋・跳橋」の解説」に、

 「① 城門などの要害に設け、通行しないときは綱や鎖などでつり上げておけるように造られた橋。また、両岸に橋脚の設置が困難な時、橋台の中腹から角材を上方斜めに突き出し、この上に数層の梁を結合して最上層に桁を渡した橋。
  ※俳諧・談林十百韻(1675)下「春ゆく水の材木奉行〈志計〉 青柳の岸のはね橋八年ぶり〈一朝〉」
  ② 船が通行するとき、船の上部がぶつからないように、その半分、または全部をはね上げる構造にした橋。跳開橋(ちょうかいきょう)。
  ※雑俳・蝶番(1731)「飜(ハネ)橋を引かれて岸を恋の闇」

とある。①の後半部分は甲州街道の猿橋のような、

 「岸の岩盤に穴を開けて刎ね木を斜めに差込み、中空に突き出させる。その上に同様の刎ね木を突き出し、下の刎ね木に支えさせる。支えを受けた分、上の刎ね木は下のものより少しだけ長く出す。これを何本も重ねて、中空に向けて遠く刎ねだしていく。これを足場に上部構造を組み上げ、板を敷いて橋にする。この手法により、橋脚を立てずに架橋することが可能となる。」(ウィキペディア)

のようなものをいう。猿橋はこの『談林十百韻』の翌年の延宝四年に架け替えられている。
 吊り上げ開閉タイプの跳橋が八年ぶりに開くというのはあまりありそうもないので、材木奉行の尽力で八年ぶりに刎橋が復活したとした方がいいかもしれない。
 青柳の岸は、

 風吹けば波の綾織る池水に
     糸引き添ふる岸の青柳
              源雅兼(金葉集)

などの歌に詠まれている。
 六句目。

   青柳の岸のはね橋八年ぶり
 又落書にかへるかりがね     正友

 新しく橋ができるとまたすぐに落書きする人がいる。落書きは行き交う旅人の伝言板の役割を果たしていたのかもしれない。「帰る雁金」は「青柳の岸」へのあしらい。
 七句目。

   又落書にかへるかりがね
 朧夜の月をうしろに負軍     松意

 軍に負けて撤収する姿を雁の列に喩える。
 八句目。

   朧夜の月をうしろに負軍
 ひつぱがれぬるあけぼのの空   卜尺

 負けた兵士は装備を剝ぎ取られる。

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