それでは「夜も明ば」の巻の続き。
三表、五十一句目。
入日をまねく酒旗の春風
燕や水村はるかに渡るらん 松意
酒旗に水村が杜牧の詩の縁で付く。
春風に燕も渡ってくる。
五十二句目。
燕や水村はるかに渡るらん
川浪たたく出シの捨石 一朝
出(だ)シはコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「出」の解説」に、
「① 城の一種。出城(でじろ)、出丸(でまる)のこと。
※立入左京亮入道隆佐記(17C前)「城の大手のだしにおき申女房にて候故」
② 建物などの外に張り出しているもの。
※言継卿記‐永祿一二年(1569)四月二日「又南巽之だしの磊出来、只今東之だし沙二汰之一」
③ 指物(さしもの)などの棹(さお)の頭につける飾り物。
※雑兵物語(1683頃)下「指物のまっ先に出しと云物が有。旦那が出しはさかばやしだぞ」
④ 端午の飾り鎧(よろい)の上などに付ける経木(きょうぎ)や厚紙の装飾。
※日葡辞書(1603‐04)「ホロノ daxi(ダシ)」
⑤ =だしかぜ(出風)
※物類称呼(1775)一「越後にて東風をだしといふ」
⑥ =だしじる(出汁)
※大草家料理書(16C中‐後か)「生白鳥料理は〈略〉味噌に出を入て、かへらかして、鳥を入候也」
⑦ 自分の利益や都合のために利用する人や物事。方便。口実。→だしに使う。
※浄瑠璃・右大将鎌倉実記(1724)一「旦那の病気を虚託(ダシ)にして栄耀ぢゃな」
⑧ 「だしがい(出貝)」の略。
※雍州府志(1684)七「合レ貝為二遊戯一〈略〉右貝称レ地而並二床上一左貝称レ出(ダシ)毎二一箇一而出二置中央之隙地一」
⑨ (「かきだし(書出)」の略) 請求書。勘定書。
※雑俳・川柳評万句合‐天明八(1788)満二「げせぬ事めでたくかしくだしへ書き」
⑩ 邦楽の用語で、「唄い出し」「語り出し」の略。現在はあまり使われない。」
とある。捨石はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「捨石」の解説」に、
「① 道ばたや、野や山にころがっている、誰も顧みない岩石。また、平生直接の用には立たないが、おかれている石。
※俳諧・七柏集(1781)雲中庵興行「市の七日に手帋七度〈柳苔〉 馬繋ぐ捨石ひとつ軒の下〈蓼太〉」
② 築庭で、風致を添えるために程よい場所にすえておく石。
※俳諧・宗因七百韵(1677)「扨こそ清水の流れ各別〈禾刀〉 落滝津山石捨石物数奇に〈如見〉」
③ 堤防、橋脚などの工事で、水底に基礎を造り、堤防の崩壊を防ぎ、また水勢をそぐために水中に投入する石。
※俳諧・談林十百韻(1675)下「川浪たたく出しの捨石〈一朝〉 人柱妙の一字にとどまりて〈志計〉」
④ 歌舞伎の大道具の一つ。戸外の場の舞台に置いておく石の作り物。
※歌舞伎・小袖曾我薊色縫(十六夜清心)(1859)五立「武太夫捨石へ腰をかけ」
⑤ 囲碁で、より以上の効果を得るために、わざと相手に取らせる石。シボリ、シメツケ、目欠きの筋などでよく用いられる。
※家(1910‐11)〈島崎藤村〉下「碁で言へば、まあ捨石だ。俺が身内を助けるのは、捨石を打ってるんだ」
⑥ 今すぐには効果はなく、むだなように見えるが、将来役に立つことを予想してする投資や予備的行為など。
※浮世草子・けいせい伝受紙子(1710)一「大身も事に臨で命を捨石(ステイシ)」
※故旧忘れ得べき(1935‐36)〈高見順〉一〇「残した足跡は小さかったにしても、彼も地固めのための捨石になったとは言ひ得るだらう」
⑦ 鉱山で、採掘、掘進などの際に捨てられる無価値の岩石。ぼた。廃石。」
とある。②の建物に水害を防ぐ炒めの③が置かれている。水村にありがちな風景であろう。
五十三句目。
川浪たたく出シの捨石
人柱妙の一字にとどまりて 志計
人柱は今で言えば都市伝説に属するもので、その存在をうわさされているにすぎない。
そういった一つの伝説で、あの捨石は人柱の跡で、水害が絶えなかった所をある高僧が自ら人柱になって、その妙の一字にその後ぱったり水害が起こらなくなった、といった類の話であろう。
五十四句目。
人柱妙の一字にとどまりて
まじなひの秘事物いはじとぞ 在色
人柱のことは秘密にしておけ、ということ。
五十五句目。
まじなひの秘事物いはじとぞ
桃李今枝もたははにぶらさがり 正友
前句を豊作祈願の秘事とした。花咲じじい的なものか。
五十六句目。
桃李今枝もたははにぶらさがり
猿手をのばす谷川の月 雪柴
猿が水面の月を取ろうとする図は伝統絵画の定番の画題で、かなわぬ望みを抱くことを喩えている。桃李がたわわに実っているのに、それでも月を欲しがるとは。
五十七句目。
猿手をのばす谷川の月
杣人にたかる虱の声もなし 一鉄
前句を「猿手をのばす」で切る。
猿が手を伸ばして山の木こりの虱を取ってくれるので虱は声もない。谷川の月は単なる背景になる。
五十八句目。
杣人にたかる虱の声もなし
やまひの床の縄帯の露 松臼
縄帯はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「縄帯」の解説」に、
「〘名〙 縄を帯の代用として腰に巻くこと。また、そのもの。
※浮世草子・好色二代男(1684)二「二十四五なる男、布地の柿染に、縄帯(ナワオビ)をして」
とある。
病気で死にかけていると虱も逃げて行く。
五十九句目。
やまひの床の縄帯の露
鍋底にねるやねり湯の割の粥 一朝
割の粥はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「割の粥」の解説」に、
「細かくひき割った米で作った粥。主として、病人の食事に用いる。〔日葡辞書(1603‐04)〕」
とある。粒すらない完全な流動食になる。
ねり湯はコトバンクの「和・洋・中・エスニック 世界の料理がわかる辞典「練り湯」の解説」に、
「懐石で最後に出す、湯の子が入り薄い塩味のついた湯。本来は飯を炊いた釜の底に残った焦げ飯に湯を注いで作る(「取り湯」という)が、米をいったものを軽く煮て作る(「焦がし湯」という)こともある。◇「焦げ湯」ともいう。湯桶(ゆとう)に入れて出されるので「湯桶」ともいう。」
とある。韓国のヌルンジ(누룽지)はお茶同様の日常の飲み物になっている。
病人に食べさせるためにお焦げを細かく砕いて割の粥にする。
六十句目。
鍋底にねるやねり湯の割の粥
せつかい持て行は誰が子ぞ 卜尺
「せつかい」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「切匙・狭匙・刷匙」の解説」に、
「① 飯杓子(めししゃくし)の頭を縦に半切りにしたような形のもの。擂鉢(すりばち)の内側などに付いたものをかき落とすのに用いる。うぐいす。せかい。〔日葡辞書(1603‐04)〕
※浄瑠璃・長町女腹切(1712頃)中「用意摺子鉢(すりこばち)・せっかい・摺子木(すりこぎ)しゃにかまへ」
② 一種の鉾(ほこ)や薙刀(なぎなた)の小さなもの。〔日葡辞書(1603‐04)〕」
とある。
割の粥を上から掬わないで、鍋の横や底にこびりついている塊を剥がして食おうとする。まあ、頭が良いというか。
六十一句目。
せつかい持て行は誰が子ぞ
さび長刀木の丸殿に何事か 在色
長刀は「なぎなた」。木の丸殿はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「木丸殿」の解説」に、
「[1] 〘名〙 削ったりみがいたりしない質素な丸木造りの宮殿。黒木造りの御所。とくに福岡県朝倉郡朝倉町にあった斉明天皇の行宮のこと。きのまるどの。
※神楽歌(9C後)明星・朝倉「〈本〉朝倉や 支乃万呂止乃(キノマロドノ)に 我が居れば 〈末〉我が居れば 名宣りをしつつ 行くは誰」
[2] ((一)の「神楽歌」の例を「新古今和歌集」では天智天皇の作としており、その歌にちなんでいう) 天智天皇の異称。
※雑俳・柳多留‐八四(1825)「曲りなり木の丸殿の御造営」
とある。
朝倉や木の丸殿に我が居れば
名乗りをしつつ行は誰が子ぞ
天智天皇(新古今集)
の歌をいう。
前句の「誰が子ぞ」にこの歌を本歌にして付ける。
前句の切匙を錆び落としに用いたか。
木の丸殿が長刀の錆を落とすのに切匙を持って来させる。
六十二句目。
さび長刀木の丸殿に何事か
やせたれど馬立し神垣 松意
「いざ鎌倉」ならぬ「いざ木の丸殿」にする。
神垣は、
神垣は木の丸殿にあらねども
名乗りをせねば人咎めけり
藤原惟規(金葉集)
の縁による。
六十三句目。
やせたれど馬立し神垣
散銭は障子のあなたにからりとす 雪柴
障子の向こうの神馬にお賽銭をする。「あなた」は彼方の意味。
六十四句目。
散銭は障子のあなたにからりとす
談義の場へすでに禅尼の 志計
場は「には」とルビがある。
『新日本古典文学大系69 初期俳諧集』の注に、
「北条時頼の母、松下禅尼が、障子の切り張りをして倹約を教えた故事。」
とある。
前句の散銭を散財として、「障子の穴だに」に取り成す。散財しないように障子の穴を自分でからりと張って直す。
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