2022年10月3日月曜日

 結局国葬問題なんてのは存在しなかったんだと思う。国葬だろうか自民党葬だろうが家族葬だろうが、基本的に左翼は安倍そのものが駄目、自民党が駄目、資本主義が駄目というところで、理由は方便で何とでもなる。だからそんなものに一々反論するだけ時間の無駄だという所に気付くべきだろう。
 統一教会の問題なんてのも基本的に存在しない。ムン・ソンミョンと人権派との親和性の高さはキリスト教とロゴス信仰に根差すもので、与党であれ野党であれこうした西洋的な考え方に同調する者はいる。
 保守の論客と称する連中も、論客を志す時点で既に西洋的なんだよ。昔の右翼は平易な大和言葉で情緒に訴えるのが普通だった。左翼と同じ土俵に乗っかった時点で既に負けている。

 それでは「髪ゆひや」の巻の続き

 三表、五十一句目。

   首の木札に東風かぜぞふく
 組討の手柄を見せて帰る鴈    正友

 組討(くみうち)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「組打・組討」の解説」に、
 「① 組み合って争うこと。くみあい。取っ組み合い。格闘。
  ※滑稽本・七偏人(1857‐63)四「裸でさへ凌ぎかねるといふ暑さに、お綿入を召ての組打だものヲ」
  ② 戦場で、敵と組み合って、討ち取ること。
  ※太平記(14C後)三九「飛び下り飛び下り徒立(かちだち)になり、太刀を打ち背(そむ)けて組(クミ)討にせんと」
  ③ 男女交合の絵。春画。組絵。
  ※雑俳・柳多留‐四五(1808)「組うちを具足櫃(びつ)から出して見せ」

とある。この場合は②であろう。討ち取った首に木札が掛けられる。
 雁は列になって飛ぶので、勝利のあと撤収する軍の比喩にもなる。
 五十二句目。

   組討の手柄を見せて帰る鴈
 春の海辺ににはか道心      卜尺

 『新日本古典文学大系69 初期俳諧集』の注に、

 「熊谷次郎直美が一の谷の海辺で敦盛を討ちとり、出家して蓮生法師と名乗った謡曲・敦盛の俤取り。」

とある。本説取りと言っても良いだろう。
 五十三句目。

   春の海辺ににはか道心
 念仏は破る舟板の名残にて    松臼

 海辺の道心だから打ち上げられた破れた船の残骸に念仏を唱える。展開を考えるなら、「破る舟板」は道心の原因ではなく結果とした方が良い。「て留」は後ろ付けになる。
 五十四句目。

   念仏は破る舟板の名残にて
 法水たたゆる波のしがらみ    一鉄

 法水(ほふすい)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「法水」の解説」に、

 「〘名〙 仏語。仏の教え。仏の教えが衆生の煩悩を洗い清めることを水にたとえていう。法雨。ほっすい。
  ※性霊集‐一(835頃)山中有何楽「八部恭々、潤法水、四生念々各証真」 〔無量義経〕」

とある。
 仏法によって清められてゆく舟板は浮世のしがらみの象徴で、念仏とともに流されて消えてゆく。
 五十五句目。

   法水たたゆる波のしがらみ
 叡山の嵐を分る夕月夜      松意

 前句を琵琶湖の水として嵐の去った比叡山に夕月の景を付ける。
 五十六句目。

   叡山の嵐を分る夕月夜
 児の心中色かへぬ杉       志計

 児は「ちご」とルビがある。
 心中はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「心中」の解説」に、

 「① ⇒しんちゅう(心中)
  ② まごころを尽くすこと。人に対して義理をたてること。特に、男女のあいだで、相手に対しての信義や愛情を守りとおすこと。真情。誠心誠意。実意。
  ※仮名草子・都風俗鑑(1681)一「われになればこそかくは心中をあらはせ、人には是ほどには有まじと」
  ※浄瑠璃・道成寺現在蛇鱗(1742)二「若い殿御の髪切って、廻国行脚し給ふは、御寄特(きどく)といはうか、心中(シンヂウ)といはうか」
  ③ 相愛の男女が、自分の真情を形にあらわし、証拠として相手に示すこと。また、その愛情の互いに変わらないことを示すあかしとしたもの。起請文(きしょうもん)、髪切り、指切り、爪放し、入れ墨、情死など。遊里にはじまる。心中立て。
  ※俳諧・宗因七百韵(1677)「かぶき若衆にあふ坂の関〈素玄〉 心中に今や引らん腕まくり〈宗祐〉」
  ※浮世草子・好色一代男(1682)四「女郎の、心中(シンヂウ)に、髪を切、爪をはなち、さきへやらせらるるに」
  ④ (━する) 相愛の男女が、合意のうえで一緒に死ぬこと。相対死(あいたいじに)。情死。心中死(しんじゅうじに)。
  ※俳諧・天満千句(1676)一〇「精進ばなれとみすのおもかけ〈西鬼〉 心中なら我をいざなへ極楽へ〈素玄〉」
  ⑤ (━する) (④から) 一般に、男女に限らず複数の者がいっしょに死ぬこと。「親子心中」「一家心中」
  ⑥ (━する) (比喩的に) ある仕事や団体などと、運命をともにすること。
  ※社会百面相(1902)〈内田魯庵〉猟官「這般(こん)なぐらつき内閣と情死(シンヂュウ)して什麼(どう)する了簡だ」
  [語誌]近世以降、特に遊里において③の意で用いられ、原義との区別を清濁で示すようになった。元祿(一六八八‐一七〇四)頃になると、男女の真情の極端な発現としての情死という④の意味に限定されるようになり、近松が世話物浄瑠璃で描いて評判になったこともあって、情死が流行するまでに至った。そのため、この語は使用を禁じられたり、享保(一七一六‐三六)頃には「相対死(あいたいじに)」という別の言い回しの使用が命じられたりした〔北里見聞録‐七〕。」

とある。ここでは③の意味で、比叡山の杉が紅葉しないことが変わらない心の証となる。
 五十七句目。

   児の心中色かへぬ杉
 しらせばや破籠のかい敷露泪   一朝

 破籠(わりご)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「破子・破籠・樏」の解説」に、

 「① 檜(ひのき)の白木で折箱のように作り、内部に仕切りを設け、かぶせ蓋(ぶた)にした容器。弁当箱として用いる。〔十巻本和名抄(934頃)〕
  ※とはずがたり(14C前)三「彩絵描きたるわりこ十合に、供御・御肴を入れて」
  ② ①に入れた携帯用の食物。また、その食事。弁当。
  ※宇津保(970‐999頃)吹上上「御供の人、道のほどのわりごなどせさす」

とある。かい敷はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「掻敷」の解説」に、

 「〘名〙 器に食物を盛る時、下に敷くもの。多くはナンテン、ヒバ、ユズリハなど、ときわ木の葉や、葉のついた小枝。のちには紙も用いた。
  ※兵範記‐仁平二年(1152)正月二六日「一折敷居鯉膾、有掻敷如腹赤」

とある。
 前句の「色変えぬ杉」を弁当箱の掻敷とする。掻敷が常緑の杉の葉を用いていることで、心変わりのないことを知らせたい。
 稚児に破籠は『徒然草』六十六段の縁だが、本説とは言えない。
 五十八句目。

   しらせばや破籠のかい敷露泪
 硯懐紙は手向也けり       雪柴

 破籠(わりご)を旅立つ人の弁当として、手向けの歌を書き添える。
 五十九句目。

   硯懐紙は手向也けり
 御前のぬさ取あげてふし拝み   在色

 手向けと幣(ぬさ)は、

 このたびは幣も取りあへず手向山
     紅葉の錦神のまにまに
              菅原道真(古今集)

の歌の縁で、ここでは幣を持ってきて手向けとする。
 六十句目。

   御前のぬさ取あげてふし拝み
 既にあがらせたまふ神託     正友

 『新日本古典文学大系69 初期俳諧集』の注は謡曲『巻絹』の、

 「御幣も乱れて空に飛ぶ鳥の、翔けり翔けりて地に又躍り、数珠を揉み袖を振り、挙足下足の舞の手を尽し、これまでなれや、神はあがらせ給ふといひ捨つる」(野上豊一郎. 解註謡曲全集 全六巻合冊(補訂版) (p.2291). Yamatouta e books. Kindle 版. )

を引いている。
 幣を取り上げて伏し拝めば、たちまち信託は天の神のもとに上がってゆく。
 六十一句目。

   既にあがらせたまふ神託
 武士のかうべをてらす星兜    卜尺

 武士は「もののふ」とルビがある。
 星兜はコトバンクの「ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「星兜」の解説」に、

 「平安時代中期頃~室町時代中期頃に大鎧を着装する武将がつけた兜。鉄地板のはぎ合せ留めの鋲頭 (びょうがしら) の星が,しいの実形に高くいかめしくなっていることからこの名がある。鉢は 10~32枚の梯形鉄板金をはぎ合せて,1行に6~8点の星鋲留めをして形成する。鉢の前後ないし左右の四方に鍍金や銀を施した板金を伏せ,篠垂 (しのだれ) の座をつけて星を打つものもある。これを片白,二方白,四方白といい,星兜の権威を示す。」

とある。
 戦勝祈願が天に届いたと確信して出陣する。
 六十二句目。

   武士のかうべをてらす星兜
 霰たばしる菊水の幕       松臼

 武士(もののふ)に「霰たばしる」は、

 もののふの矢並つくろふ籠手の上に
     霰たばしる那須の篠原
              源実朝(金槐和歌集)

の縁。
 菊水は楠木家の紋で、楠木正成の陣とする。
 六十三句目。

   霰たばしる菊水の幕
 風寒て吹上にかかる屋形船    一鉄

 九月九日の重陽に屋形船でお祝いをしたら、その日は異常に寒くて霰が降って来た。
 重陽はあくまで匂わすだけで、冬の句とする。
 六十四句目。

   風寒て吹上にかかる屋形船
 小歌三味線田鶴鳴わたる     松意

 「田鶴鳴わたる」は、

 難波潟汐満ちくらし蜑衣
     田蓑の島に田鶴鳴き渡る
              よみ人しらず(古今集)

の方であろう。江戸時代の難波は小唄三味線で賑やかだ。

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