それでは「峰高し」の巻の続き。
二裏、三十七句目。
文学その時うがひせらるる
二日酔高雄の山の朝ぼらけ 志計
文覚は高雄山神護寺で四十五箇條起請文を書いた。ここでは吉原の高尾太夫のこととして、高尾太夫を酔わせて起請文を書かせたとする。
三十八句目。
二日酔高雄の山の朝ぼらけ
別にやせてとぎすとぞなく 松意
「とぎす」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「とぎす」の解説」に、
「① 昆虫「かまきり(蟷螂)」の異名。
② 転じて、かまきりのようにやせた人などをあざけっていう語。
※俳諧・談林十百韻(1675)下「二日酔高雄の山の朝ぼらけ〈志計〉 別にやせてとぎすとぞなく〈松意〉」
とある。
山の朝ぼらけに鳴くのはホトトギスだが、失恋痩せでトギスになる。
三十九句目。
別にやせてとぎすとぞなく
思ひの火四花患門にさればこそ 一鉄
四花患門はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「四火関門・四花患門」の解説」に、
「〘名〙 灸(きゅう)のつぼの一つ。腰に近い背中の部分で、四角な紙を貼って、その四隅に当たるところ。また、そこにすえる灸。しか。
※俳諧・談林十百韻(1675)下「別にやせてとぎすとぞなく〈松意〉 思ひの火四花患門にさればこそ〈一鉄〉」
※談義本・根無草(1763‐69)後「薬よ、鍼(はり)よ、四花患門、祈祷立願残る方なく」
とある。失恋痩せには思い火のお灸が効く。
四十句目。
思ひの火四花患門にさればこそ
終にかへほす人間の水 正友
「かへほす」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「換乾」の解説」に、
「〘他サ四〙 池、沼などの水を汲(く)みつくす。干す。さらえる。
※百丈清規抄(1462)四「痴人尚野塘水と云たは、底に魚があるかと思て、龍と化去たをば不レ知して、かへほすと云心ぞ」
※浮世草子・好色一代男(1682)一「うないこより已来(このかた)腎水をかえほしてさても命はある物か」
とある。
干からびて干物みたいになってしまったか。
四十一句目。
終にかへほす人間の水
世の中はごみに交る雑喉なれや 松臼
雑喉は「ざこ」とルビがある。雑魚のこと。雑魚はその外の生ごみと一緒に捨てられて干からびてゆく。人の世というのはそういうもので、大勢の人が江戸に出て来るけど成功するのは一握りで、多くはスラムから抜け出せずにやがて悪の道に染まって命を落として行く。
四十二句目。
世の中はごみに交る雑喉なれや
宮もわら屋もたてる味噌汁 一朝
立派なお武家さんだって厳しい権力争いがあって、負ければ牢人となり、末は乞食同然になる。
世の中はとてもかくても同じこと
宮も藁屋もはてしなければ
蝉丸(新古今集)
の歌にも詠まれている。生産力の停滞した社会では余剰人口は排除され、似たり寄ったりの運命をたどる。
ただ、宮廷や将軍の料理でも庶民の食卓でも、汁物だけは変わらない。一汁一菜という言葉もある。貧しくても汁は一緒という発想は、のちに、
木の下に汁も鱠も桜かな 芭蕉
の句に結実する。
四十三句目。
宮もわら屋もたてる味噌汁
子取ばばとり上見れば盲目也 雪柴
「宮もわら屋も」の歌を詠んだ蝉丸は、皇子でありながら目が見えないために逢坂山に蓑笠杖を与えられて捨てられた。
そんな蝉丸を取り上げた産婆さんもいたのだろう。
四十四句目。
子取ばばとり上見れば盲目也
右や左や隠密の事 在色
隠密はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「隠密」の解説」に、
「① (形動) (━する) 物事をかくしておくこと。また、そのさま。内密。秘密。
※東寺百合文書‐は・建武元年(1334)七月・若狭太良荘時沢名本名主国広代行信重申状「恐自科、雖令隠蜜彼状等、時行訴訟之時」
※太平記(14C後)三三「天に耳無しといへども、是を聞くに人を以てする事なれば、互に隠密(ヲンミツ)しけれ共」
② 中世の末から近世、情報収集を担当していた武士。幕府や各藩に所属し、スパイ活動をおこなった。「忍びの者」「間者(かんじゃ)」などの称がある。
[語誌]室町時代末から江戸時代にかけて①から②が生じる一方で①の用法がすたれていくが、その背景には仏教語の「秘密」などが徐々に一般化し、①の用法をおかしていったことなどが考えられる。」
とある。ここでは①の意味。
四十五句目。
右や左や隠密の事
くどきよる中は十六計にて 卜尺
娘十六はこの時代ではやや売れ残り感があった。誰かが下手に口出しして破談にならないように黙って見守ろう。
四十六句目。
くどきよる中は十六計にて
むずとくみふせ頬ずりをする 志計
源氏十六の時、空蝉の部屋にいきなり押し入って組み伏せた。
四十七句目。
むずとくみふせ頬ずりをする
色好みあつぱれそなたは日本一 松意
組み伏せたくらいで「あっぱれ日本一」だから、江戸の男の立場は相当弱かったんだろうな。
『新日本古典文学大系69 初期俳諧集』の注は謡曲『実盛』の、
「あつぱれおのれは日本一の、剛の者とぐんでうずよとて、ぐんでうずよとて、」(野上豊一郎. 解註謡曲全集 全六巻合冊(補訂版) (p.904). Yamatouta e books. Kindle 版. )
を引いている。
四十八句目。
色好みあつぱれそなたは日本一
蛍をあつめ千話文をかく 一鉄
蛍雪の功という言葉もあるが、蛍を集めて夜通し何をしているかと思ったら千話文を書いていた。ラブレターのことだが、仮名草子の『恨之介』はかなり長文の恋文を書いている。
四十九句目。
蛍をあつめ千話文をかく
月はまだお町の涼み花莚 正友
お町はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「御町」の解説」に、
「① 江戸の遊里、吉原の通称。
※俳諧・江戸十歌仙(1678)八「いつも初音の いつも初音の〈春澄〉 御町にて其御姿は御姿は〈芭蕉〉」
② 広く、公許の遊里。
※俳諧・談林十百韻(1675)上「恋せしは右衛門といひし見世守り〈志計〉 お町におゐて皆きせるやき〈一朝〉」
とある。遊郭の夕涼みは花莚に座り、蛍の明りで恋文を書く。
五十句目。
月はまだお町の涼み花莚
名主を爰にまねく瓜鉢 松臼
前句の「お町」を「おまち」のことにする。コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「御町」の解説」に、
「① 江戸時代、町方(まちかた)に関する民政を行なった町年寄、町代(ちょうだい)などの町役人が使用した集会所。町会所(まちかいしょ)。
※浮世草子・好色盛衰記(1688)三「むかしなじみのお町に行て、門の役人を望みしに、各(をのをの)たはけの沙汰して」
② =おちょう(御町)」
とある。お町(まち)では鉢に入れた瓜を用意して名主を招待する。
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