2020年2月22日土曜日

 今日は猫の日ということで、猫の春夏秋冬をつれづれなるままに。

 正月もまだすすくさしねこの恋 露川「菊の香」

 年末に煤払いをしたけど、猫は相変わらず煤臭い。煤のある縁の下や竃などに出入りするせいか。
 映画『男はつらいよ』の寅さんの台詞に「けっこう毛だらけ猫灰だらけ」というのがあるが、昔は猫の煤くささは猫あるあるだったのだろう。

 猫の五器あはびの貝や片おもひ 秀和「其袋」

 五器はコトバンクの「大辞林 第三版の解説」に、

 「①食物を盛るための蓋ふたつきの椀わん。 → 御器の実み
  ②修行僧や乞食が食べ物を乞うために携える椀。
  ③ 「呉器」に同じ。」

とある。ここでは猫の餌を入れる皿のことであろう。その皿にアワビの貝殻が用いられているので、アワビが片貝なのに掛けて「あはびの貝や片おもひ」となる。アワビの片思いは『万葉集』に起源を持つ。

 伊勢の海人の朝な夕なに潜(かづ)くといふ
     鮑の貝の片思(かたもひ)にして
              よみ人知らず(万葉集)

 猫の恋隣はつらし枳殻垣    里楊「草苅笛」

 「枳殻垣(きこくがき)」はカラタチの垣根で棘がある。
 『猿蓑』の「鳶の羽も」の巻の二十五句目に、

   隣をかりて車引こむ
 うき人を枳穀垣よりくぐらせん   芭蕉

の句がある。こちらの方が早く、これを猫に置き換えたか。『草苅笛』は元禄十六年刊。

 かげろふの跡をおさへし小猫哉 舟雪「其袋」

 猫の恋が終ればやがて小猫が生まれる。何もないところに飛びついて遊んでいる姿は、陽炎の跡を押えているかのようだ。

 かげろふに長活したる野猫哉  呂風「続有磯海」

 こちらの方は陽炎に老いた猫を取り合わせている。

 子を運ぶ猫の思ひや春の雨   里倫「俳諧猿舞師」

 小猫を雨に濡らさないように運ぶところに母の愛が感じられる。

 山猫の姿見せけり山ざくら   竹童「其便」

 本物のヤマネコではなく、山にいる野良猫だろう。山桜のある所に現れたから山猫か。

   四睡
 海棠に女郎と猫とかぶろ哉   卜宅「其袋」

 『唐書』楊貴妃伝に「此真海棠睡未足耶(これまさに海棠の眠り未だ足らずや」とある。楊貴妃の二日酔いの顔を海棠に喩えたもの。
 遊郭に海棠の花が飾ってあり、そこに女郎と猫とかむろ(遊女の付き人の少女)がそろうと四睡図のようだ。
 四睡図はウィキペディアに「豊干、寒山及び拾得が虎と共に睡る姿が描かれた禅画」とある。猫はこの虎の役になる。
 後の高崇谷の『見立風流四睡』は猫と遊女と二人のかむろが描かれている。

 野等猫のつらよ弥生の河豕の腸 史邦「俳諧猿舞師」

 河豚の腸は白子のことであろう。ふっくらとしている。春の猫の昼寝姿はほっぺたが下がって河豚の白子のようだ。

 ぬれ石に猫の昼寝の暑サ哉   寒蝉「華摘」

 猫は暑さを避けて濡れた石の上で昼寝をする。なかなか賢い。

 猫の子のざれて臥けり蚊屋の裾 史邦「俳諧猿舞師」

 今だと小猫はカーテンの裾で遊んだりする。

 蠅打に猫飛出や膳の下     汶江「俳諧猿舞師」

 ハエを打った音に驚いたのか、膳の下に隠れていた猫が飛び出す。

 はりぬきの猫もしる也今朝の秋 芭蕉「下郷家遺片」

 これは生きた猫ではなく張子の猫だが、朝には露が降りて秋を感じさせる。

 猫の毛の濡て出けり菊の露   岱水「韻塞」

 牡丹に猫はよくあるが、菊に猫の取り合わせもまた秋を感じさせる。

   時雨
 猫狩の中をませたる時雨哉   冶天「ばせをだらひ」

 時雨に猫も狩を中断する。

 そばへけり雪折竹に虎毛猫   水柳「東日記」

 「そばへ」は「そばえる」で戯れること。竹林に虎のようだ。

 かはゆさや雪を負ねてかへる猫 堀江氏妻「有磯海」

 「かはゆし」は可哀相の意味もある。

 猫出して火燵の上のかざり哉  小僧「渡鳥集」

 これは、

 蓬莱の火燵猫の不盡見る朝哉  千門「庵桜」

に似てなくもない。でも、より日常的な感じがする。

 暁や猫かきよせてぬくめどり  百里「俳諧勧進牒」
 友とてや猫もかじけて冬籠り  昌房「俳諧勧進牒」

 「かじけて」はかじかんでという意味。冬の猫は暖かい。湯たんぽがわりになる。

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