香港ではついに引き金が引かれた。至近距離から胸を撃たれた少年は危篤状態だという。生きてくれ。
一方ではまるでナチスの時代のような軍事パレードが行われ、一体世界はどうなってしまうのか。世界が破滅するなんて嘘だろって何度でも言ってくれ。
世界が終わりを迎えようとも、俳諧を続けよう。「松風に」の巻。
初裏。
九句目。
床であたまをごそごそとそる
夷講島の袴を手にさげて 猿雖
旧暦神無月二十日の恵比寿講は神無月の留守を預る恵比寿様を祭る日で、商人の家では恵比寿様にお供えをして御馳走や酒を振舞った。
振売の雁あはれ也ゑびす講 芭蕉
の句は一年前の江戸での発句で、恵比寿講のご馳走に雁を売りに来る人がいたことを記している。
商人もこの日は正装をし、袴を穿く。
えびす講酢売に袴着せにけり 芭蕉
の句も一年前に詠んでいる。
前句の「あたまをごそごそとそる」はこの場合月代(さかやき)のことであろう。きちんと月代を剃って長袴を穿いて恵比寿講の宴席に臨むのだが、この句はまだ準備の段階。
島の袴は縞の袴のことか。
十句目。
夷講島の袴を手にさげて
喧花の中をむりに引のけ 雪芝
「喧花(けんか)」は喧嘩と同じ。酒宴となれば酔っ払っての喧嘩は付き物。加賀山中温泉での山中三吟の第三、
花野みだるる山のまがりめ
月よしと角力に袴踏ぬぎて 芭蕉
ではないが、喧嘩の時にも袴は邪魔なので脱ぎ捨てたのだろう。その袴を拾って「まあまあまあまあ」と中に割って入る。
十一句目。
喧花の中をむりに引のけ
仕合と矢橋の舟をのらなんだ 芭蕉
「仕合」は「しあはせ」と読む。めぐり合わせや幸運をいう。前句の喧嘩から「仕合(しあひ)」とも掛けているのかもしれない。
「矢橋(やばせ)」はコトバンクの「ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説」に、
「滋賀県南西部,草津市西部の琵琶湖岸にある地区。旧湖港。江戸時代,東海道の近道となった大津-矢橋間の渡船場として栄えた。」
とある。
矢橋の船頭さんが喧嘩をしている人を見て、「あんたら、これも何かの縁だ、はよう舟にのらなんだ」とでも言ったのだろう。
「のらなんだ」といい、五句目の惟然の「うつかりと」、八句目の支考の「ごそごそとそる」といった口語的な言い回しは、後の惟然の風に繋がるものかもしれない。
十二句目。
仕合と矢橋の舟をのらなんだ
あふげど餅のあぶれかねつる 望翠
ちょっと茶屋で餅でも食ってから行こうかと思っていると、薪が湿っているのか火力が弱く、餅が焼けない。
それも何かの縁と、餅をあきらめて舟に乗ろうということになる。
矢橋に近い草津宿では姥が餅が名物で、
千代の春契るや尉と姥が餅
の句が芭蕉に仮託されているが、この頃からあったのかどうかよくわからない。
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