この前の台風で栃木県で那珂川に流された牛が、三十キロ川下の茨城県で発見されたというニュースがあった。牛は強い。
去年の広島豪雨で240メートル流されたポニーも無事で、今年の八月には出産までしている。動物が強いのか、それとも人間が弱すぎるのか。
まあ、そういうことで、
牛流す村のさはぎや五月雨 之道
の句も、牛は無事で良かった良かったという、洪水で被害の出ている中での数少ない明るいニュースだったのだろう。
それでは「あれあれて」の巻の続き。
十八句目の句は『芭蕉門古人真蹟』では最初、
焼さして柴取に行庭の花
柳につなぐ馬の片口 木白
になって、差し替えられている。
「片口(かたくち)」はコトバンクの「デジタル大辞泉の解説」に、
「馬の口取り縄を、左または右の片方だけ引くこと。⇔諸口(もろくち)。
「或(ある)は諸口に引くもあり、或は―に引かせ」〈長門本平家・一六〉」
とある。
悪い句とは思えない。ただ、桜に柳と目出度く仕上げているあたり、ひょっとしたらこれは半歌仙の挙句だったのかもしれない。予定を変更してもっと続けようとなって、芭蕉が付けなおしたか。
二表。
十九句目。
こへかき廻す春の風筋
坪割の川よけの石積あげて 望翠
「川よけ」はコトバンクの「大辞林 第三版の解説」に、
「堤防など、河川の氾濫防止施設。また、その施設を造ること。」
とある。
堤防にするための石を土地の坪数ごとに割り振って積み上げてある状態であろう。
川は風の通り道になることが多い。川にきちんと堤防を築かないと、氾濫した川に肥が流れ出して大変なことになる。多摩川のことではないが。
二十句目。
坪割の川よけの石積あげて
日なた日なたに虱とり合 木白
川除普請のためにかき集められた人足たちだろうか。
夏衣いまだ虱をとりつくさず 芭蕉
の句もあるように、昔の人は虱と共存しているようなものだった。ありふれた光景だったのだろう。
二十一句目。
日なた日なたに虱とり合
大名の供の長さの果もなき 配刀
大名行列も時々休憩したりしたのだろう。道中では虱に悩まされることも多かった。
二十二句目。
大名の供の長さの果もなき
向のかかのおこる血の道 猿雖
「血の道」はコトバンクの「日本大百科全書(ニッポニカ)の解説」に、
「月経すなわち婦人の血に関係のある病態を総合したもので、月経時、月経前、月経後、妊娠時、分娩(ぶんべん)後(産褥(さんじょく)時)、流産後、妊娠中絶後、避妊手術後、更年期の血の道症に分けられる。症状としては、のぼせ、顔面紅潮、身体灼熱(しゃくねつ)感、冷え、めまい、耳鳴り、肩こり、頭痛、動悸(どうき)、発汗、興奮、不眠、月経不順、不正出血、肝斑(かんはん)、しびれ、脱力感などがあり、更年期障害類似の自律神経失調症ということができる。[矢数圭堂]」
とある。
大名行列見物は庶民の娯楽でもあり、徳川御三家以外は特に道にひれ伏す必要もなかったという。
ただ、長く見物していると、途中で具合の悪くなることもある。更年期のおばさんにとっては「はてのなき血の道」となることも。
前句の「はてもなき」を「道」で受ける、一種のうけてにはといってもいいだろう。
二十三句目。
向のかかのおこる血の道
一升は代を持て来ぬ酒の粕 芭蕉
『芭蕉門古人真蹟』では最初「一升は代を置て来ぬ酒の粕」として、その「置」を消して「持」と右に書いている。「来ぬ」も消してあるがふたたび「来ぬ」右に書いている。
「置」だと「だいをおきてこぬ」で字余りになるから、それを嫌ったのだろう。只酒かと思わせて、実は酒粕だった、それなら只でもおかしくないと落ちにする。
一升もの酒粕を何にするのかというと、多分向かいの更年期のおばばが粕漬けでも作るのだろう。
二十四句目。
一升は代を持て来ぬ酒の粕
たらゐの底に霰かたよる 望翠
酒一升を盥で飲めば、底の隅に酒粕が残る。それを霰に喩えたか。前句を只酒に取り成す。
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