ラグビーで日本がアイルランドに勝ったというが、いまいちラグビーはよくわからない。
以前ネット上の連句に参加したとき感じたのは、サッカーをやってると思ってきてみたらラグビーだったということだった。伝統の連歌や俳諧とは似て非なるもので、あるとき誰かが「句が付かなくて何が悪い」とばかりにボールを手で持って走り出してしまったか、という感じだった。
まあそれはそれで楽しんでいる人たちを批判するつもりはない。ただゲームが違うだけだ。
現代連句は基本的に句を付ける、つまり上句と下句を合わせて五七五七七の形で意味が通るように作るというのを放棄している。
たとえば、高橋順子の『連句のたのしみ』(1997、新潮選書)には、こんなことが書いてある。
「子規はこのとき連句を、隣り合った二句の上の句や下の句を共有して読むものだと思っていたようだ。これには驚かされた。こういう解釈では連句は知的ゲーム以外のなにものでもないだろう。『文学に非ず』と打ち棄てたとき、子規は連句を読んでみようともしなかったのではないか。」(p.60)
まず何で「知的ゲーム」であってはいけないのか、その説明がない。それは連句をやる人の間での暗黙のルールなのだろう。
もちろん、正岡子規の認識は間違ったものではない。だからこそ近代俳句から言葉遊びを排除した際、同時に連句も排除したのではなかったか。
そして後になってから近代俳句の中で連句を取り込もうとしたとき、連歌・俳諧は最初から上句と下句をつける知的ゲームではなかったというふうに、歴史を改竄する必要があっただけのことだ。
実際に子規と虚子の両吟(これは『連句のたのしみ』の中で引用されている)を見ても、
萩咲くや崩れ初めたる雲の峯 子規
かげたる月の出づる川上 虚子
うそ寒み里は鎖さぬ家もなし 子規
駕舁二人銭かりに来る 虚子
洗足の湯を流したる夜の雪 子規
残りすくなに風呂吹の味噌 虚子
これを五七五七七の形に直すと、
萩咲くや崩れ初めたる雲の峯かげたる月の出づる川上
うそ寒み里は鎖さぬ家もなしかげたる月の出づる川上
うそ寒み里は鎖さぬ家もなし駕舁二人銭かりに来る
洗足の湯を流したる夜の雪駕舁二人銭かりに来る
洗足の湯を流したる夜の雪残りすくなに風呂吹の味噌
となる。五七五七七の形に直してもそれほど違和感はなく、句がしっかりと付いているのがわかるだろう。
なお、このことに関して、高橋順子はこうも書いている。
「付き過ぎが多いのが目立つが、それはあえて言えば、この時点での子規の連句解釈の誤りから来ていると思われる。歌仙は前句を上半句として、下半句を付けるように詠むと思い込んでいたようだ。三十六首の俳諧歌を並べたようなものだと言っているのだから(つまり、第一句目と第二句目とで一首、第二句目と第三句目とで一首の俳諧歌と考えていったようだ。挙句は発句と並べて一首とするのだろう)。」(p.73)
しかし、間違っているのはどっちだろうか。ためしに中世連歌の代表作である『水無瀬三吟』と、蕉門俳諧の代表作である『灰汁桶の巻』の最初の六句を五七五七七の形にして並べてみよう。
雪ながら山もと霞む夕べかな行く水遠く梅匂う里
川風にひとむら柳春見えて行く水遠く梅匂う里
川風にひとむら柳春見えて船さす音もしるき明け方
月やなほ霧渡る夜に残るらん船さす音もしるき明け方
月やなほ霧渡る夜に残るらん霜置く野原秋は暮れけり
灰汁桶の雫やみけりきりぎりすあぶらかすりて宵寝する秋
新畳敷しきならしたる月かげにあぶらかすりて宵寝する秋
新畳敷しきならしたる月かげにならべて嬉し十のさかづき
千代経べき物を様々子日してならべて嬉し十のさかづき
千代経べき物を様々子日して鶯の音にたびら雪降る
ここでも句がきっちり付いているのは明白だ。
また、「挙句は発句と並べて一首とする」との説は全く意味がない。そのようなルールはかつて存在したことはない。まあ、新たに作って永劫回帰とでも呼ぶのは勝手だが。
少なくとも私が見る限り、正岡子規の連句に対する認識に大きな間違いはなかったと思う。近代連句の推進者たちが勝手にルールを変えてしまっただけのことだ。そしてあとから作ったルールをもとに文学史の改竄に着手する。恐るべき歴史的修正主義だが、子規が芭蕉に写生説を仮託した時点で当然予想できることだった。
ただ、実際のところ、現代連句もちょっと手直しすればちゃんと句が付くようになる。
高橋順子の『連句のたのしみ』に掲載されている連句にしても、
蟲しぐれ坂を上れば宴かな 牙青
忘れたきこと捨てる百舌鳴き 長吉
月笑う子供二人が影踏みて 螢明
狸いできて肩を組みたり 仁衛
遠来の友は名刺をたづさへし 光鬼
半島にあり歌の碑 富士男
という表六句は、
蟲しぐれ坂を上れば宴かな 牙青
忘れたきこと捨てる百舌鳴き 長吉
月笑う子供二人の影ありて 螢明
出でくる狸肩を組みたり 仁衛
遠来の名刺たづさふ友ならん 光鬼
その半島に歌碑建立し 富士男
とでもすれば、ちゃんと付くのだが、それをわざわざ付けないようにして、いかにも言葉遊びなんかないよ、立派な文学だよ、と言っているだけのことだ。
忘れたきこと捨てる百舌鳴き
月笑う子供二人が影踏みて 螢明
この句が付かない原因は、前句の「忘れたきこと捨てる」が子供の考えにしては重過ぎるせいで、もちろん、子供の世界にもいじめはあるし、塾や宿題など、忘れたいことは山ほどある。ただ、影ふみをして遊んでるさなかの子供には、やはりつりあわない。「影ありて」と一歩引いた視点に切り替えれば、この問題は解消される。「忘れたきこと」は子供の遊ぶのを見ている大人の情になる。
月笑う子供二人が影踏みて
狸いできて肩を組みたり 仁衛
この句の付きがまずいのは、「影踏みて」と「狸いできて」と「て」が重複することで、上句と下句をつなげた場合、この二つの「て」が並列されるにもかかわらず、主語が異なることだ。これは「て」重なりを解消すれば、それですむ。
狸いできて肩を組みたり
遠来の友は名刺をたづさへし 光鬼
この句が付かないのは、前句が「狸」という主語に「肩を組みたり」という述語があり、付け句のほうにも「遠来の友」という主語に「たづさへし」という述語があるため、この二つが全く独立してしまい、せっかくの狸=友のあだ名という取り成しが生かされてないためだ。付け句のほうを推量にすれば、友だろうか→狸だと無理なくつながる。
遠来の名刺たづさふ友ならん
半島にあり歌の碑 富士男
遠来の友ならば、半島の歌碑はこの友のものと思われるから、単に「ある」のではなく「作った」ものになる。よって「その半島に歌碑建立し」の方がいい、これで次の、
鳥曇る魔手のかたちの定置網 泣魚
にもすんなりと繋がる。
「鳥曇る」は「鳥曇り」の動詞化した言葉で、鳥曇はコトバンクの「デジタル大辞泉の解説」に、
「春、渡り鳥が北へ帰る頃の曇り空。《季 春》「ゆく春に佐渡や越後の―/許六」
とある。魔手はそのまんま魔の手のこと。
日本海の定置網の上に魔手のような雲が垂れ込めている。あの海の向こうの半島に歌碑を建立したが、雲行きは良くない。「定置網魔手のかたちに鳥曇る」の方がいいか。
まあ、別に近代俳句や現代連句が悪いということではない。ただ連歌・俳諧とは別のゲームなので特に関心もない。
蟲しぐれ坂を上れば宴かな忘れたきこと捨てる百舌鳴き
月笑う子供二人の影ありて忘れたきこと捨てる百舌鳴き
月笑う子供二人の影ありて出でくる狸肩を組みたり
遠来の名刺たづさふ友ならん出でくる狸肩を組みたり
遠来の名刺たづさふ友ならんその半島に歌碑建立し
これなら同じゲームとして認めるが。
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