今日も一日雨が降った。いわゆる春の霧雨だ。やや肌寒かった。
それでは「八九間」の巻の続き。これで最終回。
三十二句目。
そぐやうに長刀坂の冬の風
まぶたの星のこぼれかかれる 沾
これも無修正で治定。発想が面白い。
三十三句目。
まぶたの星のこぼれかかれる
引立てむりに舞するたをやかさ 里
『続猿蓑五歌仙評釈』は「たをやかさ」を恋としているが、「たをやかさ」は立圃著延宝六年刊の『増補はなひ草』の「恋の詞」には入っていない。後の時代の曲亭馬琴編『増補 俳諧歳時記栞草』にもないから、この句を恋とする必要はない。
「長刀坂」の句から俄然活気付いたように、テンポ良く展開されている。その「長刀坂」の句を呼び起こしたその前句の二十九句目の芭蕉自身による改作が功を奏したといえよう。
三十四句目。
引立てむりに舞するたをやかさ
そつと火入に落す薫 見
「薫物」は『増補はなひ草』の「恋の詞」の中に入っているが、末尾に「何れも句作ニよるべし」とあるように、本来は句の内容で判断すべきことで、恋の言葉が使われているからといって機械的に恋の句になるわけではない。
三十五句目。
そつと火入に落す薫
花ははや残らず春の只暮て
ぬ 蕉
「残らず」とすると、「春の只暮て花ははや残らず」の倒置になる。
「残らぬ」だと「花やはや残らぬ」と「残らぬ春の只暮れて」を合わせて、「残らぬ」を花と春の両方に掛けて用いることになる。和歌的な用法だ。
挙句。
花ははや残らぬ春の只暮て
河瀬の水をのぼる
河瀬の上のぼる水のかげろふ 里
字余りになるので、書き間違いであろう。『続猿蓑五歌仙評釈』は「河」を抜いて「瀬の上のぼる水のかげろふ」としている。最終的には『続猿蓑』の「瀬がしら」という言葉を見出すことになる。
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