富士山は東半分が真っ白で西半分は雪が融けている。前に見たときもそうだった。
西から来た雨雲が富士山にぶつかるとそこで雨を降らし、富士山を越えると雨雲でなくなってしまうせいなのか。
それでは「八九間」の巻の続き。
作者名は『続猿蓑』のバージョンでは規則正しく、芭蕉・沾圃・馬莧・里圃と続けたら、そのあと1と2、3と4を入れ替えて沾圃・芭蕉・里圃・馬莧となり、それを繰り返す。出勝ちではなく最初から順番を決めて詠んでゆく四吟の形を取っている。
これに対し『真蹟添削草稿』は、まず芭蕉・馬莧・沾圃の三句があって、そのあとは里圃・沾圃・芭蕉・馬莧と続き、そのあと1と2、3と4を入れ替えて沾圃・里圃・馬莧・芭蕉となり、それを繰り返す。そして最後に里圃が挙句を詠んで全員九句づつになる。変則的だが、一応出勝ちではなく、あらかじめ順番が決めてあったと思われる。
あるいは最初は発句・脇・第三の三つ物として作って、後に里圃を加えて四吟にしたのかもしれない。そのあと『続猿蓑』に載せる完成稿を作ったとき、この変則的な四吟を通常の四吟に直そうとしたため、作者名がずれてしまったのだろう。
そのとき実際に誰がどの句を詠んだかはほとんど問題にしなかったとしか思えない。芭蕉の場合、発句、六句目、十四句目、二十二句目、三十句目の五句のみが一致する。まあ、実質的に全部芭蕉の作品ということなのか。
ひょっとしたら芭蕉が残した『真蹟添削草稿』を元に、芭蕉の死後支考が直した可能性もあるが、だとすると、「仕着せの布小」を「このみの羽織」に直したり、「猿の五器」の句のわかりにくさを嫌って渋柿の句に変えたのも支考だということになる。
理圃は四句目・十二句目・二十句目・二十八句目・挙句の五句、沾圃は五句目・十三句目・二十一句目・二十九句目の四句が一致するが、馬莧は一句も一致しない。どうやら馬莧が犠牲になったようだ。
『真蹟添削草稿』の作者名が真の作者名なら、発句・四句目・五句目・六句目・十二句目・十三句目・十四句目・二十句目・二十一句目・二十二句目・二十八句目・二十九句目・三十句目・三十六句目の十四句が『続猿蓑』でも真の作者が表示されていることになる。
そう考えると、七句目のところで「治定された『渋柿の』の句は別の発想から生まれた新しい句で、作者名が違うのもそのためだろう。」と書いたが、実際は作者名の違いに特に意味はなく、後から機械的に置き換えていっただけのようだ。
九句目。
みしらぬ孫が祖父の跡とり
脇指はなくて刀のさびくさり
脇指に仕かへてほしき此かたな 里
初案では脇差はなく、錆びて腐った本差があったということか。だとすると没落した武家の跡取りということになる。
ウィキペディアの「本差」のところには、「浪人などの一本差しは主に本差だけであり、これに副兵装として万力鎖を持っていたとしても脇差には該当しない。」とある。祖父は一本差しの浪人だったということか。
改案だと、脇差に作り直して欲しい刀を相続したということで、武家の持つ大小の刀ではなく、町人の持つ刀だということになる。『続猿蓑』の「脇指に替てほしがる旅刀」だと、どういう刀だったかはっきりとする。
十句目。
脇指に仕かへてほしき此かたな
煤を掃へば衣桁崩るる
ぬぐへば 見
衣桁(いかう)はコトバンクの「デジタル大辞泉の解説」に、
「室内で衣類などを掛けておく道具。木を鳥居のような形に組んで、台の上に立てたもの。衝立(ついたて)式のものと、2枚に折れる屏風(びょうぶ)式のものとがある。衣架(いか)。御衣(みぞ)懸け。衣紋掛け。」
煤を掃おうとして衣桁を倒してしまうというのは、よくあることだったのだろう。
前句の刀を脇差に作り直したいというのを、相続のためではなく、年末の決済の金を作るためとして、年末のあるあるを付けたわけだが、『続猿蓑』だとこのあるあるネタを捨てて、単なる年末の風景とする。
十一句目。
煤をぬぐへば衣桁崩るる
約束の小鳥一さげ売に来て 蕉
曲亭馬琴の『増補 俳諧歳時記栞草』の「秋之部」の「鶫(つぐみ)」のところには「京師、除夜毎にこれを炙り食ふを祝例とす。」とある。
これは手直しなしに一発で決まったようだ。
十二句目。
約束の小鳥一さげ売に来て
十里ほどある旅の出かかり
ばかりの余所へ 里
これも細かい語句の訂正だが、すでに九句目が「旅刀」になっていたとしたら、「旅」の字の重複を避けたことになる。となると『続猿蓑』の手直しとこの草稿の手直しはそれほど時期を隔てたなかったか。だとすると支考手直しの可能性は消える。
十三句目。
十里ばかりの余所へ出かかり
す通りの藪の経を嬉しがり
笹のはにこみち埋りておもしろき 沾
「す通り」の案だと何が嬉しいのかよくわからない。そこを具体的にわかりやすく「笹のはにこみち埋りて」とする。
十四句目。
笹のはにこみち埋りておもしろき
あたま打なと門の書付 蕉
これは一発治定。さすが芭蕉さん。
0 件のコメント:
コメントを投稿