2019年1月27日日曜日

 まだまだ寒い日が続くのかな。今日は旧暦12月22日。
 それでは「洗足に」の巻、挙句まで。

 二裏
 三十一句目。

   高観音にから崎を見る
 今はやる単羽織を着つれ立チ   嵐蘭

 「単羽織」は夏用の裏地のない羽織を言う。「猿蓑に」の巻の十二句目にも、

   朔日の日はどこへやら振舞れ
 一重羽織が失てたづぬる       支考

の句がある。「柳小折」の巻の七句目に、

   小鰯かれて砂に照り付
 上を着てそこらを誘ふ墓参      洒堂

とあるのも、一重羽織であろう。一応上着を着ているということで略式の礼装になる。
 高観音に参拝するということで、一応きちんとした格好をしてきたのだろう。
 「はやりの」というのは京都大阪から来た都会っ子の集団か。
 三十二句目。

   今はやる単羽織を着つれ立チ
 奉行の鑓に誰もかくるる       芭蕉

 江戸には南北の町奉行が置かれていた。奉行の下に与力・同心がいて、実際に槍を持ってパトロールしてたのは同心であろう。
 同心はなかなか粋な人が多く、人気があったという。そこいらの粋がっているチンピラはそれを見てこそこそと隠れる。「やべっ、奉行だっ」ってとこか。
 芭蕉らしい面白い展開ではあるが、『俳諧問答』には、

 「此巻出来て師の云ク、此誰の字、全ク前句の事也。是仕損じ也といへり。今此句に寄て見る時、右両句前句ニむづかし。」(『俳諧問答』横澤三郎校注、一九五四、岩波文庫 p.134)

とある。「誰も」の誰は「今はやる単羽織を着つれ立チ」たむろしていた衆そのもので、重複になるというわけだ。「さっとかくるる」くらいでも良かったということか。
 細かいことのようだが、「誰も」だと登場人物が複数いなくてはいけないが、なければ一人でもいいことになり次の句の展開の幅が広がる。
 『山中三吟評語』に、「馬かりて」の巻の四句目、

   月よしと角力に袴踏ぬぎて
 鞘ばしりしをやがてとめけり   北枝

の句の時、

  鞘ばしりしを友のとめけり   北枝
 「とも」の字おもしとて、「やがて」と直る

と言ったのと同じであろう。この場合も相撲を取る場面では人が何人か集まっているさまが想像できるから、「友」と言わなくても意味は伝わる。
 友の字がなければ次の句の登場人物は単体でもよくなり、

   鞘ばしりしをやがてとめけり
 青淵に獺の飛こむ水の音     曾良

という展開が可能になる。詳しくは鈴呂屋書庫の蕉門俳諧集、「馬かりて」の巻の方をどうぞ。

 三十三句目。

   奉行の鑓に誰もかくるる
 葭垣に木やり聞ゆる塀の内      洒堂

 「葭垣(よしがき)」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典の解説」に、

 「〘名〙 杉丸太を立て、胴縁(どうぶち)の上に葦簀(よしず)を張り、竹の押し縁を縄で結び固めた垣。あしがき。」

とある。
 「木やり」はコトバンクの「百科事典マイペディアの解説」に、

 「日本民謡の一種。〈木遣歌〉の略。本来は神社造営の神木などの建築用木材をおおぜいで運ぶときの労作歌だが,その他の建築資材を運ぶとき,土突きなどの建築工事や祭の山車(だし)を引くときなどの歌も含まれる。音頭取りの独唱とおおぜいの人の斉唱が掛合いで入る音頭形式で,テンポがおそい。仕事歌としてより祝儀歌として歌われることもあり,三味線歌にもなっている。」

とある。
 『校本芭蕉全集 第五巻』(一九八八、富士見書房)の註に「前句を普請奉行の見廻りと見た付。」とある。ただ、隠れたのは木遣り歌を歌ってる職人さんではなく、大きな材木が通るというので沿道の人々が隠れたのではないかと思う。
 塀の内からは木やり歌が聞こえて来て、塀の外の町人は通りを空ける。
 やはり「誰」の字が重かったのか、展開が苦しいところを上手く乗り切ったという感じだ。
 三十四句目。

   葭垣に木やり聞ゆる塀の内
 日はあかう出る二月朔日       許六

 「二月朔日」が何の日付なのかよくわからないが、多分当時の人なら思い当たるものがあったのだろう。
 花の定座の前に桜の開花にまだ早い二月一日という日付を出すと、普通の花が出しづらい。
 三十五句目。

   日はあかう出る二月朔日
 初花に伊勢の鮑のとれそめて     芭蕉

 現在では伊勢の鮑は九月十五日から十二月三十一日まで禁漁になっているが、江戸時代でも似たようなものがあったのか。
 二月一日なので咲き始めの桜、「初花」を出す。
 挙句。

   初花に伊勢の鮑のとれそめて
 釣樟若やぐ宮川の上ミ        嵐蘭

 「釣樟」はクロモジのことで、「なみくぬぎ」とも言う。
 クロモジはコトバンクの「デジタル大辞泉の解説」に、

 「1 クスノキ科の落葉低木。山地に多く、樹皮は黒斑のある緑色、葉は楕円形で両端がとがる。雌雄異株。春、淡黄色の小花が多数咲く。材からようじを作る。《季 花=春》
  2 《1の木で作るところから》茶道で、菓子に添えて出すようじ。また一般に、つまようじのこと。」

とある。
 ここでは字数の関係からクノギと読むようだ。『校本芭蕉全集 第五巻』(一九八八、富士見書房)にはクノギと仮名が振ってある。
 伊勢の鮑をご馳走になって、締めくくりは爪楊枝というところか。折から宮川(五十鈴川)の上流のクヌギの木も春めいてくる。

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