朝起きたら雨も止み風もなく、台風はまだ銚子沖にいるとはいえほとんど通り過ぎたような感じだった。去年の日記を見ていたら、8月7日に「台風が近づいていて、時折強い雨が降る。」と書いてあった。去年も同じ頃に台風が来ていた。
それでは「秋ちかき」の巻、一気に挙句まで。
二十九句目。
置わすれたるものさがすなり
髪結て番に出る日の朝月夜 惟然
「番」は今でいうシフトに近い。早番なので朝早く髪を結って仕事に出ると朝の月が見える。「朝月夜」はほぼ有明に同じ。
昔は髪を結うのは女とは限らない。男も髷を結う。
三十句目。
髪結て番に出る日の朝月夜
木に十ばかり柿をたしなむ 芭蕉
「たしなむ」は元は「たしなし(確かなし)」の動詞形で、困窮するという意味だった。おそらく同音異義語の「他事無し」と混同されてしまったのだろう。困窮してもたいしたことないと頑張ることを「たしなむ」と言うようになり、そこから物事を苦とせずに心がけるという意味になって言ったようだ。
今では趣味や何かをほんの少しばかりかじることを「たしなみ程度」とかいうが、そういう風に近代的に解釈すると、「木に十個程度ほんの少し柿の実を楽しんでます」になるが、この時代はそうではないだろう。むしろ木に十ばかりしか柿がなってないから、食べたいけど我慢する、という意味だろう。
朝早くから仕事に出て苦労している人だから、柿も我慢するという位付けであろう。
二裏
三十一句目。
木に十ばかり柿をたしなむ
満作に中稲仕あげて喰祭 支考
「中稲(なかて)」は曲亭馬琴編の『増補 俳諧歳時記栞草』に、「[和漢三才図会]凡(およそ)八九月苅取るを中稲とす。」とだけある。早稲(わせ)と晩稲(おくて)の中間。
満作は豊年満作の満作。今年も豊作で祭も盛り上がり、みんな思いっきり喰ったせいか、柿は木に十ばかりしか残っていない。まあ、これも我慢だ。
三十二句目。
満作に中稲仕あげて喰祭
桶もたらいもあたらしき竹輪 惟然
豊作ということで桶も盥も長く使って緩んでいたたがを締めなおす。竹輪は今では「ちくわ」だが、「たが」という読み方もあった。
三十三句目。
桶もたらいもあたらしき竹輪
投うちをはづれて猫の逃あるき 木節
これは去年の八月七日に紹介した句だ。去年の反復になるが、
「桶や盥の修理をやっているのか。直ったばかりの桶や盥には早速猫が入りたがる。お客さんから預った大事な商品だからと物を投げつけて猫を追っ払うものの、猫も素早くそれをかわす。」
そういえば八月八日は世界ネコの日だった。
三十四句目。
投うちをはづれて猫の迯あるき
首にものをかぶる掃除日 支考
「首」は「つぶり」と読む。手抜きだが、これも去年の文章で、
「表向きはほっかぶりをして掃除をしていると猫がやってきたので、それを追っ払ってという光景だが、これは幻術で、言外に首にものをかぶった猫、つまり手拭をかぶって踊る猫又を連想させる。芭蕉が「小蓑をほしげ也」という言葉から蓑笠着た猿を連想させたのと同じ手法だ。さすが支考さん。」
三十五句目。
首にものをかぶる掃除日
花咲て茶摘初まる裏の山 芭蕉
茶摘というと今では「夏も近づく八十八夜」なんて唱歌が思い浮かぶかもしれないが、新暦だと五月の初め、旧暦だと三月の終わりから四月の中頃あたりになる。いずれにしても桜の季節は終っている。
『日本茶の歴史』(橋本素子、二〇一六、淡交社)によれば、
「十八世紀の『京都御役所向大概覚書』で初摘みが立春から八十日目頃とされていることから」
とあるので、芭蕉の時代もそれほど変わらなかったと思われる。
ただ、同書に、鎌倉時代は新茶が重視され、
「『金沢文庫古文書』に見る最も早い時期は、二月である。鎌倉時代後期二月二十九日付「金沢貞顕書状」には、「新茶定めて出来候か、御随身あるべく候」とあり、称名寺茶園で二月二十九日までには新茶が生産されていたことになる。」
とある。
宇治のような名産地を別とすれば、茶摘の時期は芭蕉の時代でも多少のばらつきがあって、鎌倉時代のような旧暦二月、桜の咲く頃に茶摘をするところもあったのかもしれない。
前句の「掃除日」を農作業の準備のための掃除として、強引に花に持っていったという感がなくもない。
挙句。
花咲て茶摘初まる裏の山
つつじの肥る赤土の岸 惟然
当時のツツジはまだ品種改良のなされる前のヤマツツジが主流だったと思われる。また、イワツツジは「言わぬ」と掛けて和歌でよく用いられている。当時ツツジといえば山や川岸などを連想させたのではないかと思われる。
ヤマツツジは概ね赤いがイワツツジは紫がかっている。ここでは赤土の岸が紫に染まって痩せ地が肥えたように見えるということか。
桜にお茶にツツジと豊かに彩られ、この一巻は終了する。
ヤマツツジの方は『猿蓑』に、
やまつゝじ海に見よとや夕日影 智月
の句もある。夕日に映える真っ赤なツツジに覆われた山は、さながら海のようだ。智月は大津膳所の人だから、この海は琵琶湖か。
0 件のコメント:
コメントを投稿