それでは「軽口に」の巻の続き。
三裏
六十五句目
焼亡は三里よその夕ぐれ
御見廻に尾上のかぜも声添て
火事のお見舞いに尾上の風が声を添える。
尾上の松の松風はしばしば歌に詠まれるもので、
松に吹く尾上の風のたえだえに
夕山廻る入相の声
空性(西園寺実兼、文保百首)
の歌もある。特に本歌ということでもなく、尾上の夕暮れ、松風、鐘の音は付け合いといってもいい。同じ『文保百首』に、
松に聞く風の音さへ高砂の
尾上の鹿もたへぬ夕暮れ
六条有忠(文保百首)
の歌もある。
尾上の松風の声は火事の見舞いのようだ。
点あり。
六十六句目
御見廻に尾上のかぜも声添て
脈うちさはぐ松陰のみち
前句の「かぜ」を風邪のこととして、脈拍数も上がっている。
濡るるかと立ちやすらへば松陰や
風のきかする雨にぞありける
伏見院(玉葉集)
の歌もある。
長点で「風邪とはやゆびの先に見え候」とある。
六十七句目
脈うちさはぐ松陰のみち
料理してむれゐる鷺やたたるらん
脈拍が乱れるのをさんざん鷺を食った祟りとする。
点あり。
六十八句目
料理してむれゐる鷺やたたるらん
鬼門にあたるまな板の角
祟りは殺生のせいではなく、俎板の角が鬼門だったから。
長点で「王城の鬼門よりおどろきが鬼一口にたたるべく候」とある。平安京の鬼門の守りは比叡山、平城京は東大寺、飛鳥京は初瀬になるが、鬼の四角い俎板の鬼門はただ一口で食べられるのみ。
六十九句目
鬼門にあたるまな板の角
ひえの山高さをつもるさしものや
前句の俎板を平安京に見立てて、指物屋がその鬼門になる比叡山の高さを計る。
点あり。
七十句目
ひえの山高さをつもるさしものや
はたちばかりの年切ぞをく
年切(ねんきり)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典 「年切」の意味・読み・例文・類語」に、
「① 樹木が年によって、実を結ばないこと。としぎれ。また、幸運にめぐりあわないことにたとえていう。
※後撰(951‐953頃)雑一・一〇七七「今までになどかは花の咲かずして、よそとせばかりとしぎりはする〈藤原時平〉」
② 年数を限ること。ある事をするのに一定の年数をあてること。〔日葡辞書(1603‐04)〕
③ 年ごとに限ってすること。
※箚録(1706)「只編年の法には年切りに書く故、其事次の年にわたれば其間に余のこと入たがる故」
④ 年季。また、年季のきれること。」
とある。
指物屋には年季奉公の人はいそうだが、①の意味に掛けて、仕事の方で芽が出ないまま契約切れになるということか。
点あり。
七十一句目
はたちばかりの年切ぞをく
手形にもたしかに見ゆる力こぶ
二十歳の若者は昔で言えば男盛りで一番体力もある頃。手形はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典 「手形」の意味・読み・例文・類語」に、
「① 手の形。てのひらに墨などを塗って押しつけた形。手を押しつけてついた形。
※浮世草子・西鶴諸国はなし(1685)五「背中に鍋炭(なべすみ)の手形(テガタ)あるべしと、かたをぬがして、せんさくするにあらはれて」
② 手で書いたもの。手跡。筆跡。書。
※譬喩尽(1786)五「手形(テガタ)は残れど足形は不レ残(のこらず)」
③ 昔、文書に押して、後日の証とした手の形。
※浄瑠璃・日本振袖始(1718)一「繙(ひぼとく)印の一巻〈略〉くりひろげてぞ叡覧有、異類異形の鬼神の手形、鳥の足、蛇の爪」
④ 印判を押した証書や契約書などの類。金銭の借用・受取などの証文や身請・年季などの契約書。切符。手形証文。また、それらに押す印判。
※虎明本狂言・盗人蜘蛛(室町末‐近世初)「手形をたもるのみならず、酒までのませ給ひけり」
※読本・昔話稲妻表紙(1806)三「母さまの手形(テガタ)をすゑて証書を渡し、百両の金をうけとり」
⑤ 一定の金額を一定の時期に一定の場所で支払うことを記載した有価証券。支払いを第三者に委託する為替手形と、振出人みずからが支払いを約束する約束手形とがある。もとは小切手をも含めていった。
※経済小学(1867)上「悉尼(シドニー)より来れる千金の手形倫敦にて千金に通用し」
⑥ 江戸時代、庶民の他国往来に際して、支配役人が旅行目的や姓名、住所、宗門などを記して交付した旅行許可証と身分証明書を兼ねたもの。往来手形。関所札。
※御触書寛保集成‐二・元和二年(1616)八月「一、女人手負其外不審成もの、いつれの舟場にても留置、〈略〉但酒井備後守手形於在之は、無異儀可通事」
⑦ 信用の根拠となるもの。身の保証となるもの。また、信用、保証。
※歌舞伎・心謎解色糸(1810)三幕「あの東林めが、お娘を殺さぬ受合ひの手形」
⑧ 首尾。都合。具合。また、人と会う機会。
※随筆・独寝(1724頃)下「源氏がなさけは深しといふ人もあれども、しれにくき事の手がたあらんもの也」
⑨ 表向きの理由。口実。だし。
※洒落本・睟のすじ書(1794)壱貫目つかひ「おおくは忍びて青楼(ちゃや)へゆく。名代(テガタ)は講参会の外、おもてむきでゆく事かなわず」
⑩ 牛車の箱の前方の榜立(ほうだて)中央にある山形の刳(えぐ)り目。つかまるときの手がかりとするためという。
※平家(13C前)八「木曾手がたにむずととりつゐて」
⑪ 武家の鞍の前輪の左右に入れた刳(く)りこみのところ。馬に乗るときの手がかりとするもの。
※平治(1220頃か)中「悪源太〈略〉手がたを付けてのれやとの給ひければ、打ち物ぬいてつぶつぶと手形を切りてぞ乗ったりける。鞍に手がたをつくる事、此の時よりぞはじまれる」
⑫ 釜などに付いている取っ手。〔日葡辞書(1603‐04)〕
[補注]④は「随・貞丈雑記‐九」に「証文の事を手形とも云事、証文は必印をおす物也。上古印といふ物なかりし時は、手に墨を付ておしてしるしとしたると也」と見え、手印を押したところから「手形」といわれるようになったという。
と多義だが、前句の年切に掛かるのは④で、肉体労働をさせるのに体力ありそうだから採用、てところか。
点あり。
七十二句目
手形にもたしかに見ゆる力こぶ
二王もとほす白川の関
手形を⑥の関所の手形として、二王が関所を通るなら確かに凄い力こぶだ。
長点で「秀平が光堂よりと手形に出し候哉」とある。奥州三代の藤原秀衡が仁王に手形を与えて通したというのは弁慶のことか。弁慶は最後仁王立ちのまま立ち往生する。
七十三句目
二王もとほす白川の関
都をばあうんと共に旅立て
白河の関といえば、
都をば霞とともに立ちしかど
秋風ぞ吹く白河の関
能因法師(後拾遺集)
が有名だが、仁王だけに都を阿形の仁王と吽形の仁王と二人仲良く旅立った。
点あり。
七十四句目
都をばあうんと共に旅立て
出入息やのむ若たばこ
前句の阿吽を口を開けたり閉じたりの一人阿吽として、吽形で煙草の煙を吸い込み、阿形で吐く。
点なし。
七十五句目
出入息やのむ若たばこ
うかれめも十七八の秋の月
煙草を覚えた浮かれ女とする。
浮かれ女はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典 「浮女」の意味・読み・例文・類語」に、
「① 歌や舞をして人を楽しませ、また、売春もする女。あそびめ。娼妓。〔新撰字鏡(898‐901頃)〕
※建武年間記(南北朝頃)「口遊、去年八月二条河原落書〈略〉人の妻鞆のうかれめは、よそのみるめも心地あし」
② 身持ちの悪い女。みだらな女。
※和泉式部集(11C中)上「扇をとりてもたまへりけるを御覧じて、〈略〉とりて、うかれ女の扇と書きつけさせ給へるかたはらに」
とある。遊郭に閉じ込められた傾城ではなく、田舎などにいた比較的自由な遊女のことか。
点なし。
七十六句目
うかれめも十七八の秋の月
初瀬をいのるかほは冷じ
「うかれ」から、
うかりける人を初瀬の山おろしよ
はげしかれとは祈らぬものを
源俊頼(千載集)
の縁で初瀬を出して、十七八の浮かれ女は秋の月に神妙な顔をしながら一心に祈りを捧げる。もちろん「激しかれ」とは祈っていない。
点なし。
七十七句目
初瀬をいのるかほは冷じ
さばき髪けはい坂より花やりて
さばき髪はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典 「捌髪」の意味・読み・例文・類語」に、
「〘名〙 とき散らした髪。ざんばら髪。さばいがみ。さばけがみ。ちらしがみ。さばき。
※仮名草子・竹斎(1621‐23)上「後には行儀を崩しつつ〈略〉大肌脱にさばきがみ」
とある。髷を結ってない髪で、寛文の頃にはまだ普通にいたのかもしれない。島田髷の広まる過渡期になる。
化粧坂は伊勢街道の初瀬にある坂で、「花やる」は着飾ることをいう。化粧の縁になり、さばき髪の田舎っぽい女も着飾って化粧して初瀬に詣でる。
点あり。
七十八句目
さばき髪けはい坂より花やりて
風呂屋の軒をかへるかりがね
風呂屋は関西では湯女の性的なサービスのある店。関東では普通の銭湯をいう。湯女は風呂に入るから、髷ではなくさばき髪だったのかもしれない。さっぱりとした顔で男たちが帰って行くのを、「花やりて」が俳諧で春なので帰る雁金に喩える。
点なし。
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