関西の方では花泥棒が出没しているようだ。
先月二十七日に市民の通報で東大阪市加納北公園の桜の木十一本の幹や枝が切られたというニュースがあったが、今度は和歌山市の雑賀崎緑地公園の大島桜の木が根元から切断されたという。
犯行声明がないからテロではあるまい。転売目的の花泥棒で、根元から切って持ち去るのだからプロの仕業だろう。
花泥棒というと才麿編の『椎の葉』の須磨寺のところに出てきた弁慶筆の制札を思い出す。
「此花江南所無也、一枝於折盗之輩者、任天永紅葉之例、伐一枝者可剪一指、寿永三年二月日」
一枝でも指一本切るというのだから、根元から切ったあの犯人は胴体から真っ二つってところかな。弁慶さんが今いなくてよかったね。
花が綺麗だから一本折ってゆくという種の花盗人には、敦道親王と藤原公任の例もあるし、狂言『花盗人』もあるように、日本人は昔から寛容だった。
だがそれも程度の問題で、たとえば広い野原で恋人に捧げるために一輪の花を折ってゆくのは美しくても、大勢の男たちが我も我もと押し寄せて野の花を根こそぎ取っていったら醜い。これは一種の合成の誤謬ともいえよう。
まあ、現実の花泥棒はそんな綺麗なものではないので、やはり弁慶さんに胴体からばっさりやってもらう方がお似合いか。
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