2018年3月8日木曜日

 今日は一日雨。3月8日は鯖の日らしい。
 それでは「水仙は」の巻の続き。

 二十九句目。

   朽たる舟のそこ作りけり
 唐人のしれぬ詞にうなづきて  泉川

 「唐人」をネットで検索するとすぐ出てくる和歌がある。

 唐人(からひと)もいかだ浮かべて遊ぶといふ
     今日そわが背子花かづらせな
                 大伴家持(万葉集)

 曲水の宴を詠んだ歌と言われている。曲水の縁というと盃を流して、それが流れてくる前に即興で詩を詠むというのがよく知られている。漢詩の押韻はしばしば即興での詩の交換など、その場ですばやく韻をふむ能力が要求され、今日のヒップホップのフリースタイルにも似ている。もちろん相手をディスったりはしないが。MCバトルに最も近いのは古代ギリシャの裁判であろう。当時の弁論は韻を踏んでいた。
 盃だけでなく筏を浮かべるというのが実際にあったのかどうかはよくわからない。まあ、川があればそこに船を浮かべて遊ぼうというのは誰でも考えそうなことだ。曲水の宴ではないが『源氏物語』の「紅葉賀」でも、「例の、楽の舟ども漕ぎめぐりて、唐土、高麗と、尽くしたる舞ども、種多かり。楽の声、鼓の音、世を響かす。」と、川に船を浮かべて遊んでいる。
 前句の「朽たる舟のそこ作りけり」から、曲水の宴のために舟を修理したとし、唐人も何やらしきりに頷いているが、中国語なのでよくわからない、という所だろう。

 三十句目。

   唐人のしれぬ詞にうなづきて
 しばらく俗に身をかゆる僧   芭蕉

 これは明の滅亡によって亡命して日本にやってきた儒者に感化されて、ということか。朱舜水と水戸光圀公との交流はよく知られている。多分こういう人が何人もいたのだろう。

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