今日も朝から曇っていて寒かった。ただ、所々梅が咲いてるのを見ると春なんだなと思う。寒いけど梅が応援してくれる。‥‥これだと寒梅の句になるから仕損じか。
それでは「此梅に」の巻の続き。
二表。
二十三句目。
霞にもろき天竺のきぬ
今朝の雪貧女一文が糊をとく 桃青
二の懐紙に入るところで、これまで信章が五七五の長句、桃青が七七の短句を詠んでいたのをここで入れ替える。
糊は米を煮て溶いたもので、布に張りをもたせるのに用いる。安政三年(一八五六)の『諸国板行帖』に「糊一杯一文」とある(『江戸物価辞典』小野武雄著)。芭蕉の時代からそんなに変わってなかったのか。
今朝の雪は貧しい女の解いた洗濯糊のようなもので、一時的に絹のような雪で地上を覆うが、春の霞の前には脆く消え去る。
二十四句目。
今朝の雪貧女一文が糊をとく
風進退を削る竹べら 信章
雪を舞い散らす風は糊を塗る時に使う竹べらのようだが、竹べらは糊に較べて高価なのか、貧女の進退(しんだい)を削る。「進退」はここでは「身代」のこと。
二十五句目。
風進退を削る竹べら
臍の緒を吉原がよひきれはてて 桃青
句は「吉原がよひに臍の緒をきれはてて」の倒置。「臍の緒」はこの場合比喩で金蔓のことだろうか。金蔓がなくては身代を削るしかない。
穿った見方をするなら、親の金で遊んでたどら息子が、親がなくなりその遺産を食い潰すということか。
二十六句目。
臍の緒を吉原がよひきれはてて
かみなりの太鼓うらめしの中 信章
昔は雷様に臍を取られると言われ、雷が鳴ると手で臍を隠したものだ。
吉原というと太鼓持ち(幇間)がいて、場を盛り上げてくれるのだが、それに乗せられてついついお金をつぎ込んでしまう。あの太鼓持ちが雷様のように臍の緒を切ってしまったことよ。
二十七句目。
かみなりの太鼓うらめしの中
地にあらば石臼などとちかひてし 桃青
これは『校本芭蕉全集 第三巻』(小宮豐隆監修、一九六三、角川書店)の注に、白楽天の『長恨歌』の一節、
在天願作比翼鳥 在地願為連理枝
(天に在りては願はくば比翼の鳥と作り、地に在りては願はくば連理の枝と為らん)
を引いているように、この句のパロディーのようだ。
在天願作雷太鼓 在地願為石碾臼
というところか。太鼓は雷様に寄り添い、碾き臼は上臼と下臼を重ねて摺り合わす。
しかし、さすが芭蕉さん。どこからこういう発想が。
二十八句目。
地にあらば石臼などとちかひてし
末の松山茎漬の水 信章
「茎漬」はコトバンクの「大辞林 第三版の解説」に、
「ダイコンやカブなどを茎や葉といっしょに塩漬けにしたもの。くき。 [季] 冬。」
とある。これは和歌山の茎漬けで、三重の茎漬けはヤツガシラの茎を塩と赤紫蘇で漬ける。茎を塩漬けにして臼に入れて重石を乗せると、茎の水分が出てくる。これは古今集の、
君をおきてあだし心をわがもたば
末の松山波もこえなむ
よみ人知らず
あだし心がないから末の松山を波を越えることはありません、と誓う歌だを引いてきて、同じように茎漬けの水も臼から溢れません、とした。
末の松山は宮城県多賀城市の小高い丘で、貞観地震の大津波も東日本大震災の大津波もここを越えることはなかった。
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